聖痕大戦 "ブレイド・オブ・アルカナ" アナザーストーリー
Another Stories of "Blade of Arcana" Extra ARMAGEDDON
第一章 凍てる戦争

55(2)『闇色の悪魔/2』

 西方暦一〇六〇年五月一三日未明
 ブレダ中央進攻軍制圧領域/王国自由都市ケルバー

 何もかもが混乱していた。
 怒号と悲鳴がそこらじゅうから響き渡る。剣戟の音と罵り声。聞き間違えることの無い断末魔。救世母への祈り。
 それはここにいる者たち――職業軍人、あるいは傭兵――にとって慣れ親しんだ戦場音楽だった。異常なのはただ夜であるということだけ。夜空を焦がす劫火はフォルメン広場から立ち昇っているが、すべてを照らし出すほどではない。かえって陰影を強調してしまい、より影を濃くしてしまっている。幾つかの天幕もまた、倒れた篝火から引火して炎上している。それでもなお明るさは足りない。
 卑近な満足感にエアハルトは笑みを浮かべる。たぶん卑しい笑いのはずだと思う。
 夜襲は大成功と言って良かった。戦果から言えばまさに大成功。混乱したブレダ兵は同士討ちすら始めている。損害は、用いられた兵力から考えれば信じられないほどに大きなものになっているはずだ。
 彼の脇腹を押さえる指の間から流れ出る血は一向に止まる気配がない。燃え上がる天幕の炎を受けてそれはどす黒く見える。血はそのまま石畳に滴り、小さな血溜まりを作っている。そしてその血溜まりに手を浸している者がいた。足下に倒れ伏しているのだ。
 カリエッテ。カリエッテだったもの。身体中に数えきれぬ傷を負い死んでいる。残念ながら、頭蓋を戦斧で割られてもなお息をするほど彼女は頑丈ではなかった。
 血の気のない、脳漿を撒き散らした、目を見開いたままの彼女の顔を視界に入れて、エアハルトは歯を食いしばる。死んだのは彼女だけではない。そうだ。比類なき戦果。そしてそれ相応の犠牲。当然のことだ。
 痛みに顔をしかめつつ、萎えそうになる生への渇望を奮い立たせる。まだだ。まだ。
「済まない、カリエッテ」
 彼は小さく呟いた。「弔いは無理だな。文句はあとで聞くよ……さよなら、戦友」
 エアハルトは走り出した。彼には為すべきことがあった。
 
――呆気ないほど集積庫周辺の歩哨排除はうまくいった。
 集積庫前面に配置された歩哨は二人だけで、ブレダ軍が夜襲など微塵も気にしていないことが窺えた。
 エアハルトは歩哨の排除に成功したことを確認すると、後続の傭兵に合図を送った。
 火薬の詰め込まれた袋と獣脂で濡れた縄を携えた傭兵が駆け寄る。集積庫の扉は錠前で閉じられていた。カリエッテが気合一発で蹴り破る。
 内部を見て呻きに近い歓声を挙げた。信じられないほどの武具、防具、療務品、食糧がうずたかく詰まれていた。
 カリエッテは口笛を吹いた。ザッシュが呆れたような吐息を漏らした。
「どうやら」
 エアハルトは爆破の準備を命じながら誰ともなく呟いた。
「ブレダの連中、真面目に戦争をするつもりらしいな」
「戦況がこんなもんじゃなけりゃあ、全部いただいてうっぱらっちまうんだけどな」
 カリエッテが残念そうに答えた。「こりゃ一財産だよ」
「ああ、残念だ」
 エアハルトは頷いた。エミリアに第二梯団に従う霊媒と点火の同調をとるように命じる。同時に二つの集積庫を爆破するために点火用の縄は同じ長さで整えられていた。
「3、2、1、点火」
 エミリアの声に従って、レイガルが点火芯で縄に火を点けた。
「夜営地へ向かう。班ごとに動け。霊媒は命に替えても守り抜け! 命令あるまでは撹乱し、撤退命令があれば何があろうとも陣地に向かって逃げろ。以上だ」
 エアハルトは一同を見渡した。恐らくすべてが終わった後は、姿のない者もいるだろうから。そして命じた。
「かかれ」
 一同は散開し、走り出す。
 蛇のようにうねる縄が、徐々にに炎を身に纏っていく。集積庫の内部に置かれた、火薬の込められた袋へと火が迫る。
 
 第一八北方領胸甲槍兵騎士団第二旅団の夜営地の外れに一つだけ明かりが漏れている天幕がある。第九二三大隊第二中隊の本部天幕であるそこは、日付が変わってもなお活動を続けているのであった。
 天幕の前に傭兵が立つ。彼は小声で告げた。
「中隊長殿、入ります」
「どうぞ」
 柔らかなドルトニイ語が返る。オクタール訛りの弱い発音だった。
 中で執務を続けていたのは中年の男だった。傭兵らしからぬ気品を感じさせる空気を放っている。
「報告します。〇一五〇時現在、周辺地域に異常なし」
「御苦労」
 男は頷いた。ランタンに照らし出されているのは、経験と年輪を重ねた男の顔。
 クレイブ。クレイブ・スタンフォート。ブリスランド人の血を引く、旧エステルランド公国出身の騎士である彼は、その育ちに相応しい洗練された態度で部下を労った。傭兵らしからぬのは当然のことかもしれない。彼は三年前までブレダ王国竜盾騎士団に属していたれっきとした貴族だったからだ。それがなぜ傭兵などに身をやつしているのかといえば……派閥闘争に巻き込まれ、その醜い争いの余波で家族を失った揚げ句に放逐されたからであった。併合戦争でハイデルランド公国軍の優れた槍兵指揮官であった男、武功、徳ともに持ち合わせた竜盾騎士クレイブの名は地に堕ちた。
 だが、世に失望したとはいえ祖国――否、偉大なる王であるガイリング二世への忠誠までも無くしたわけでもなかった彼は、傭兵として祖国への献身を続けようとした。もちろん彼の名は悪い意味で傭兵たちにも届いていた。蔑まれた。罵られた。それでも構わなかった。少なくとも彼には部下がいた。
 そうなのだ。彼が率いる中隊は、そのほとんどが竜盾騎士団時代に率いていた部隊の将兵なのだった。彼らは上官の無実を確信していた。そして栄光あるブレダ王国騎兵軍軍人であることよりもクレイブ・スタンフォートという男の兵であることに名誉を感じる者たちなのだった。
 傭兵でありながら、正規軍と変わらぬ軍紀で統率されているのはそのためであった。
「先任、部下たちは気を抜いていないか?」
 クレイブは細巻を兵に――中隊最先任下士官である兵に差し出しながら訊ねた。先任下士官は有り難そうに細巻をいただいてから、頷いた。
「はっ、中隊長殿。兵に問題はありません」
「それはよかった」
 あらぬ嫌疑をかけられ牢へ幽閉されている間の苦労が刻み込まれた顔にわずかな微笑みを浮かべてクレイブは応えた。
「辛いだろうが気張ってもらわねばな。ケルバー軍は何をしてくるかわからん」
「夜襲ですか」
 先任下士官は疑わしそうな顔つきで訊ねた。クレイブに対する敬意と忠誠心に不足はないが、中隊長殿は考え過ぎなのではないかと思っている。細巻に火を点ける。
「私も不安になり過ぎなのではないかと思っている」
 先任下士官の心中を読んでいたかのようにクレイブは言った。ああいえそのと先任下士官は慌てて応えようとした。紫煙にむせる。クレイブは小さく笑った。
「しかし、ここでの戦はあまりに異常なのだ。何が起こるかわからない。考えてもみたまえ、先任。《竜砲》などという訳のわからぬからくりで叩かれ、水壕渡河では《杖》で打ちのめされ、城壁を破ってもなお幾重もの陣地が設けられた市街で白兵戦を繰り広げている。こんな戦争がかつてあったか?」
「確かに、ええ」
「しかも対陣している者たちは騎士ですらない。信じられるか? ただの市民――武装した市民が立ちはだかっているのだ。これは常道の戦ではない」
「しかし、ケルバー軍の指揮官は元聖救世騎士だと聞いておりますが」
 だから作戦指導は予測範囲に収まるのではないか、と言いたいらしい。
「聖救世軍もまた、別の次元の存在だ」
 クレイブは竜盾騎士だった頃を思い出しながら言った。
「旧派真教の私兵軍の噂を、私もかつて聞いたことがある。彼らが作り上げた組織は我らの常識ともまた違う。そうだな、常識にそぐわないという点では聖救世軍も市民兵も同一だ」
「つまり、注意が必要ということですな」
「そういうことだ」
「了解しました」
 先任下士官は得心がいったように頷くと、席を立った。「であれば、気を引き締めることに致しましょう」
「私もあとで巡回に同行する」
 先任下士官は敬礼をした。クレイブは頷いた。退出を許可しようと口を開く。
 その瞬間、天幕越しですら判別できるほどの猛烈な閃光が瞬いた。ほんの少し遅れて、凄まじい爆発音が轟く。
「何だ!?」
 年齢を感じさせぬ動作で天幕の外へ出たクレイブは、劫火とそれに照らし出される黒煙が遠くに立ち昇るのを見た。すぐに気づく。あの辺りは物資集積庫が置かれた広場ではないか。
 先任下士官が惚けたようにそれを見上げていた。「火事ですか……ね?」
 クレイブはそれを聞きながら思考する。夜襲か? まさか。集積庫は後方過ぎる(彼が想定していたのは旅団の夜営地への夜襲だった)。そんな危険を犯してケルバー軍が襲撃をかけるだろうか。わからん。もしかしたら集積庫の衛兵の不注意による火災かもしれない。ともかく確認せねば。
「先任! 中隊総員起こしだ。伝令を旅団本部へ、それから巡回班を集積庫へ派遣しろ! 急げ!!」
 次の瞬間、さらに別の方角で閃光と爆発が起こった。身体を震わすような衝撃が到達する。火龍の如き劫火が吹き上がる。クレイブはそちらの方角にもまた集積庫があることを思い出した。
 まさか。火災が同時に起こるわけがない。偶然ではない。なんたることだ。
「中隊長殿」
 先任下士官が縋るような目で彼を見た。クレイブもまた、わずかに呆然としつつ頷いた。想像していたとしても、やはり現実となると衝撃はある。
「ああ。間違いない」
 それは呻くような声だった。
「ケルバー軍の夜襲だ」
 
「軍曹、ナインハルテン大尉を連れて上にあがれ」
 第一班を率いるエアハルトは集積庫から幾らか離れた辻に到着すると、班の一人、大隊副官たるレイガルに辻を臨む角の建物の二階を指した。彼は指揮官の意図を誤解することなく、通常のものより二回りは大きな《雷の杖》を抱えて移動した。エミリアは彼に続こうとし、振り返った。不安そうな顔をしている。
「エアハルトさま」
「僕らはレイガルが撃ち漏らした敵を掃討する」
 光に反射させぬために火で炙り炭で汚した長剣を示し、エアハルトは小さく笑った。
「盗賊の戦というやつさ。いや、暗殺の手管かな? まあいい。君はレイガルに敵の位置を指示すること。いいね。僕に何かあったらレイガルの指示に従って、他の班と合流するんだ」
「何かあったらなんて、そんな!」
「戦争だよ、エミリア。戦争なんだ」
 エアハルトは、諭すというには余りにもあっさりとした声音で言った。「何だって起こりうるんだ」
 彼女は怒りとも悲しみともつかぬ感情を瞳に浮かべ、下唇を噛み締めた。それから決意したように彼の顔を見上げ、小さく何か呟いた。聞き返そうと軽くかがんだエアハルトの頬にエミリアは唇を押し付けた。接吻というより、印をつけようとするかのような動作だった。
「御武運を」
 それだけ言い残し、彼女はレイガルのあとに続いた。呆気にとられてそれを見送るエアハルトに、カリエッテは笑いを堪えるような声で言った。
「モテモテですなぁ大隊長ドノ?」
「うるさい」
 エアハルトは叱った。声音が少し上ずっている。夜のため、顔色はわからない。
「カリエッテ、ザッシュ、辻の四方に分散して待機。第一撃はレイガルに任せる。いいか、一人も逃がすな」
「うっしゃ」
「了解」
 エアハルトは、自身も物陰に潜みながら、つとレイガルとエミリアが篭る建物を見上げた。唇の感触が残る頬を押さえる。彼女がそういうようなことをするとは露にも思いはしなかった。もっと物静かで控えめだと、そう思っていた。
 まったく、幸運を祈るにしたってもう少しやりようはあるだろうに。
 
「大尉殿は窓から顔を覗かせないで下さい。自分に目標の方向と距離を教えて下されば結構です」
 遅れて二階の部屋に駆け込んできたエミリアにレイガルは素っ気無く告げた。闇夜にもかかわらず、彼の手は自動人形のような正確さと素早さで《雷の杖》の装填作業を行っている。
「わかりました」
 わずかに呼吸を乱しながら彼女は頷いた。
「でも、こんな暗闇で狙えるのですか?」
「敵は照明を持って向かってきます。光源はそれで充分です」
 小さくレイガルは笑った。装填を終えた《雷の杖》を掲げて見せた。それだけで説明になると言わんばかりだった。
「さあ、もうそろそろブレダの連中が兵を送り込んでくるはずです。思念索敵を願います、大尉殿」
「わかりました」
 エミリアは目を閉じた。
 
 二つの広場で巻き起こった爆発の音と炎はシュロスキルへからよく見渡せた。悪魔の舌のように天空に伸びるそれを、リーフは社交室のテラスから見た。
「始まりました」
 リーフを監視しているかのように傍らに控えていたティアが、歴史上の事実を教える史家のような冷たさで告げた。
「集積庫を爆破し、状況を確認するために派遣されてくる部隊を潰します。その後、兵営地を襲撃する計画です。派遣部隊を潰されたために状況を掴めていない駐屯部隊は混乱するでしょう。ブレダ軍装に着替えた夜襲部隊を敵と認識するのは困難です。不安は容易に恐怖と変化し、未確認情報と誤認が彼らを恐慌ヘ掻き立てます。同士打ちも発生するでしょう。無視できない損害を蒙るはずです」
「戦果なんてどうでもいいのよ」
 吐き捨てるようにリーフは言った。手摺を強く強く握り締め、目を凝らしながら市街を眺めながら訊ねる。
「エアたちは無事に帰ってこれるの」
「事前計画では、生還率は六割と見込まれています」
「つまり十二人死ぬのは当然ってことなのね」
「戦争ですから」
「戦争なら、エアが死んでもしょうがないと言いたいの?」
「マスターは死にません」
 新派真教徒が旧派真教の戒律を口にするような口調でティアは言った。
「戦争なんでしょう?」
「……」
「……」
 振り返る。リーフは目を見張った。ティアの瞳が揺れていることに始めて気づく。
「ごめんなさい。責めているわけじゃないの」
 リーフはぎこちない微笑みを浮かべた。
「ねえ、覚えている? エアを守るって言ったこと」
「――はい」
 あの庭園での会話が、遠い過去のように思えた。
「なら証明しましょう。あの決意が嘘じゃなかったってこと」
「どうするおつもりですか?」
「戦場へ。戦場へ行って、あのどうしようもない、死にたがりの優しい剣士を救うのよ」
「……駄目です。あなたを危険にさらすことはできません」
「エアの命令だから?」
 リーフは語気強く言う。叱咤するような瞳でティアを睨む。ティアは目を伏せた。
「そんなもんくそ喰らえよ! あなたはエアに従うだけの道具なの!? 違うでしょう、エアを守る聖剣なんじゃないの? それとも、ご大層な“守護聖剣”なんて冠は飾り!?」
 ティアは顔を強張らせた。リーフは彼女の怒りの表情を始めて見た気がした。小さな拳をきゅっと握り、瞑目した。沈黙がテラスを支配する。
 再び目が開かれた時、ティアには躊躇いのない表情が浮かんでいた。あるいはただ、後押しが必要だったのかもしれない。
「……そうでした。わたしは守護聖剣。防人とともに在り、防人を襲う苦難を払い、ともに生きるのが定め。ええ、まさにあなたの言う通り」
 悪意のない、しかし挑むような瞳でティアはリーフを見詰める。
「ならばリーフさん、あなたは何を以てあの地獄で戦おうというのですか?」
 覚悟を求められているだけだとわかっていても、その問いにリーフは頬を赤らめた。理由は一つしかなかった。ああ、まったく。あたしったらいつの間にか恋の真っただ中にいたのね。だが、それをあからさまに口にするのは余りにも恥ずかしく思えた。歌の一節を剽窃して、まるで役を演じるように彼女は答えた。
「女がひとりの男のために戦うのに、理由が必要かしら?」
 リーフはさらに驚いた。ティアが心からの、混じり気のない笑顔を浮かべたからだ。その答えを待っていたとでも言いたげな表情であった。
「わかりました。その言葉を聞けて嬉しく思います。わたしとあなたは立場こそ違え、一つの呪いにも似た感情に縛られているということですね」
「……呪い?」
 リーフは小首を傾げた。この想いを呪いと呼ぶとは、随分捻くれた物言いだと思う。
 その彼女の内心を知ってか知らずか、ティアは同性ですら引き込まれるような照れと誇りを合わせた表情を浮かべた。
「ええ、まさに呪い。たとえようもなく甘やかで残酷な呪い。わたしも、あなたも、あのひとを必要としているということです」
 
「来ます。距離二〇〇。大通りの北から集団――恐らく一〇名ほど。巡回班だと思います」
 エミリアが瞑目したまま、レイガルに告げた。レイガルは返事をしない。
 既に射撃準備は完成していた。窓枠からほんの少しだけ杖口を覗かせた膝射姿勢のまま、通りを見詰めている。

Act.55-2:機甲猟兵レイガル
挿絵:孝さん


 彼の持つ《雷の杖》は、通常のものより二回りほど大きい(というより長い)造りだ。外見そのものは通常型とさほど変わりはないが、中身は別物である。まず鋳造に使われている鉄からして違う。ロイフェンブルグで産出される“ロイフェン鋼”を用いたそれは、ただの鉄に比べ非常に強靱であった。杖身も通常に比べ長い(ついでに言うのなら、杖口もやや大きい)。多量の炸薬を用いることができ、その結果得られる運動力を弾丸が多く受けられる(杖身を転がっている時間が長いのだから)ということになる。彼の《雷の杖》は、射程も、その威力も倍以上の力を持っているといっていい。
 レイガルは目を凝らす。遠くに、小さく上下に揺れ動く松明の輝きが見える。
 撃とうと思えばこの距離からでも出来た。しかし、彼らの狙いは巡回班を殲滅させることであり、撃退することではなかった。遠距離から射撃を開始してしまっては、大部分を逃すことになる。まずは敵の目を潰す必要があるのだ。
 射撃開始は五〇メートル。そこまで待たねばならない。大隊長殿やカリエッテたちが待ち受ける“殺戮地帯”へ誘き寄せねばならない。
 一つの彫像のように、彼は身じろぎ一つせずにその時を待つ。明かりが近づく。
 引鉄に指をかける。
「八〇」
 エミリアが囁くような声で告げる。レイガルは呼吸を小さくしていく。
「六〇」
 大きく息を吸う。吐く。息を止める。
「五〇」
 引鉄を引いた。普通の杖よりも大きな閃光と杖声が先端から飛び出す。
 
 夜襲の第一撃が放たれた。