聖痕大戦 "ブレイド・オブ・アルカナ" アナザーストーリー
Another Stories of "Blade of Arcana" Extra ARMAGEDDON
第一章 凍てる戦争
断章『決意』
ある少女の独白 ……彼と最初に出会ったのは半年前のこと。
街道を進む乗合馬車。眠る彼の横顔。柔らかくて、暖くて、哀しげで、虚ろだった。
いま思えば、あの時すでにあたしは惹かれていたのかもしれない。
一目惚れなんて陳腐な言葉じゃない、もっと根源的な何か。
あの時の感情が何だったのか、何なのか、あたしはまだ言葉にできない。
彼は人を探していると語ってくれた。
広い広いこの世界のどこかにいる、たったひとりを探している。
名前も知らない。顔も知らない。でも、この世界のどこかにいる人を探していると。
あたしは、謎掛けみたいなその言葉に魅せられて、彼の背中を追いかけた。
彼は、困ったような微笑みを浮かべて。
でも許してくれた。認めてくれた。
彼は、この世界には“哀しみの兵器”があると教えてくれた。
人間には夢想もできないような星霜を経て、なお殺戮のためだけに生き続けることを強制されているものたちがいると、哀しそうに教えてくれた。
彼は、たったひとりで、一振りの剣だけを供にして彼らを救ってきた。
時には封じ、
時には壊して。
これは掟だと彼は呟いていた。
すまないと血と涙を流しながら呟いていた。
戦いが終わったあと、彼はいつも嘆いていた。本当に希望はあるのかと。
そんな彼に、あたしは何も言ってあげられなかった。
正直に言おう。戦っている彼は、とても恐かった。あたしは血塗れの彼を見て、ただ恐れていた。そしてそれを隠すように、彼の前ではおどけることしかできなかった。
哀しみを、嘆きを受け止めることなんてできなかった。あたしには重すぎたんだろう。
彼は、誰かのために簡単に命を賭けていた。
誰よりも戦いを憎んでいた。誰よりも闇を憎んでいた。
信じられないお人好しだとあたしは思った。大馬鹿者だと口にもした。
彼はただ黙って苦笑していた。
いまならわかる。
彼は自分の命に価値を認めていない。
彼は自分の生に意味を見出していない。
無辜の民衆を殺してきた自分を。
無駄な血を浴びてきた自分を。
誰かのために使い果たしてしまいたかったんだ。
彼は、誰かのために簡単に命を賭けていた。
誰よりも戦いを憎んでいた。誰よりも闇を憎んでいた。
でも、何よりも自分を憎んでいたのかもしれない。
そんな彼をあたしはずっと見てきた。半年間も。たった半年間だけど。
強くて、優しくて、恐ろしくて、哀しくて、脆い彼の横顔をずっと。
その日々が育んできたものを、あたしは認めようと思う。
あたしは彼の強さの助けになりたい。
あたしは彼の優しさを受け取りたい。
あたしは彼の恐さを取り払いたい。
あたしは彼の哀しさを包んであげたい。
あたしは彼の脆さを守ってあげたい。
――あたしは、彼が、好きだ。
彼は死ぬ、と言われた。
そんな運命なんて、認めない。
絶対に認めない。
あたしはただの吟遊詩人で。
何かができるとは思えないけど。でも。だからこそ。
英雄の勲を謳う詩を、悲劇なんかで終わらせたりは絶対にしない。