聖痕大戦 "ブレイド・オブ・アルカナ" アナザーストーリー
Another Stories of "Blade of Arcana" Extra ARMAGEDDON
第一章 凍てる戦争
29『軍議』
西方暦一〇六〇年四月一二日エルクフェン/ブレダ王国本領南部
エルクフェン主城《フレイスベルグ》。その大広間に中央軍集団に所属する大隊級指揮官以上の者たちが一同に会していた。
総勢二六〇〇名。けして小さくはない広間であったが、大柄な者たちが多いためか、どこか手狭な印象を与えた。
一〇五六年まではハウトリンゲン公爵のみが立つことを許された階の上には、宮廷魔術師のように中央軍集団総軍師長レイル・カースウッドが控えている。御座に座るべき者は、まだ来ていない。
小さなざわめきが人々の間に満ちていた。彼らの視線は、王座から広間の扉まで伸びる深紅の毛氈、その上に置かれた巨大な図台に向けられている。今は大きな布によって覆われているが、それが恐らく作戦図であることは容易に想像できた。
彼らが勢揃いしてから一五分。頃合いか、とレイルは判断した。彼は竜盾騎士に頷いた。
階の下で、近衛兵よろしく(いや、役割はまさに近衛であったが)斧槍を構えていた竜盾騎士たちが直立不動の姿勢を取り、大音声を発する。
「中央軍集団総司令官、ニーンブルガー女公爵、北方領姫ライラ・レジナ・ディアーナ元帥殿下の御成でございます!」
装具が鳴る音がさざ波のように拡散した。諸将が一斉に姿勢を正し、佩いていた軍刀が発したものだった。
階の上、袖から現れたのは白色の北方領軍第一種軍装を纏った豪奢な金髪の美姫であった。
竜盾騎士たちが斧槍を捧げ持つ。そして大音声で叫んだ。「祖国万歳!」
諸将は敬礼――右拳を左胸に当てるブレダ王国軍式――をしつつ、竜盾騎士の言葉に続く。
「祖国万歳! 北方領姫ライラ殿下万歳!!」
「大儀である」
彼らの敬礼に応ずるように、金髪の美姫――ライラは右手を軽く上げた。彼女は御座に座ることなく、階の中央に立つとすらりと脚を伸ばし、右腰に手を当てた姿勢で告げた。
「諸将の中には、当地に過剰なまでに軍勢が参集していることに疑問を覚える者もおるやと思う。防諜の観点より沈黙を守らねばならなかったのはまことに心苦しいものであった。しかし! ついに今日、余はすべてについて諸将に話すことが可能となった。
聞け。我らは、四年にわたる戦争に決着を付けるべく、偉大なるガイリング二世陛下より決定的攻勢を行う栄誉を与えられた!」
おお、と興奮したざわめきが巻き起こる。ライラはしばらくの間それを眺め、頃合いを見計らいざわめきを制した。
「偉大なる陛下は、我らに攻勢の最先鋒をお任せ下さった! 我らは陛下の御稜威を蒙昧なる旧派真教徒どもに知らしめるべく、総力をもって本作戦を決行する!!」
ライラは手を振った。大広間の中央に置かれた図台、その脇に控えていた騎士がさっと布を取り去った。そこにはハイデルランド地方中部の精巧な模型が作られていた。
指揮官たちが興味津々といった風体でそれを取り囲む。頭の回転が早い何人かは、呻き声に近い感嘆を挙げた。模型はケルバーを中心として作られていたからだった。
「陛下は、畏くも本作戦に《暴風》という名称を下賜された。
《暴風》作戦の目的は、祖国とエステルランドを分断する都市――ケルバーの占領と周囲一帯の制圧――河川交通路の掌握である。ケルバー占領の戦略的利点については諸将も理解していよう。
本作戦は、祖国が勝利を手にするための最初の階段である。
では、詳細については総軍師長より。傾聴!!」
ライラは傍らのレイルに頷くと御座に座った。代わりにレイルが軽く一礼し、図台へと歩み寄る。
「《暴風》作戦は三段階よりなる」
カースウッドは軍師の正装――濃い色味の青いローブを揺らせながら告げた。右手に持つ指示棒で模型の各所を示す。
将軍たちの中には彼よりも階級が高い者が何人もいたが、レイルの口調は畏まったものではない。なぜならば、総司令官たるライラの代理として説明を行っている(と見なされる)からであった。
「第一段階は城塞都市ケルバーの包囲である。中央軍集団は三個の親衛騎兵軍より編成されているが、この包囲網形成に第四親衛騎兵軍を充てる」
カースウッドはケルバーの横にあるトリエル湖を指し示した。
「この時点で注意すべきなのは、バーマイスター伯の二つ名の由来ともなった《竜》――ディングバウ・ダハムルティの動向だ。その強力な存在は、本作戦を根底から崩壊させる可能性すらある。しかし《竜》については、英邁なる北方領姫ライラ元帥殿下の尽力により国王陛下より派遣いただいた軍集団直轄弓兵――三〇個に及ぶ重弓兵中隊でトリエル湖を包囲することにより《ヴァイス・インゼル》に押し留め無力化することになった。諸将は《竜》についてなんら心を割くことはない」
将軍たちは讚えるようにライラを見遣った。ライラは鷹揚に頷いた。
「第二親衛騎兵軍は第四親衛騎兵軍によるケルバー包囲網形成を支援しつつ、快速軍団を編成しクランベレンに進撃する。この快速軍団の任務は主にケルバー間の主要街道を遮断し、クランベレンより推進すると予測されるケルバー救援部隊を捕捉、これを撃滅することにある。爾後、可能ならばクランベレンを攻略、制圧すること。言うまでもないが、クランベレンは《暴風》作戦以後の橋頭堡としても必要だからだ」
カースウッドは小さく咳払いをすると、指示棒をケルバーへと示した。
「作戦第二段階は、都市そのものの攻略である。包囲網の完成と同時に攻撃が開始される。主攻正面はライラ元帥殿下が親率される第三親衛騎兵軍が担当する。現時点での情報によれば、ケルバーに存在すると思われる敵兵力は一個連隊強。ただしなおも募兵を続けているとの間諜報告も上がっているため、今後も上方修正する必要があるだろう。司令部としては最終的に二個連隊程度までは増強されると予想している」
「ケルバーが我々の進攻を察知している可能性は?」
将軍の一人が訊ねた。
「ケルバーは四月末に独立祭を行う。観光客が増大するため、この時期に軍の人員を増やして規制に当たらせている。今のところ、彼らの行動は例年と変わらない。諜報本部からの報告では、そういうことになっている」
レイルは見事な政治的答弁で質問に答えた。諜報本部の能力を讚えつつ、責任も被せている。
「第三段階は、ケルバーの速やかな制圧とクランベレンへの第二次戦線の構築である。占領そのものは、後続の部隊により行われる。《暴風》作戦基本計画は以上だ。
なお、シグムント・ローゲンハーゲン将軍率いる第一三北方領胸甲騎兵連隊ならびに竜盾騎士セフィカ・ミルナード率いる第七〇三獣兵大隊は、司令部直轄予備として第三親衛騎兵軍と同行、別命あるまでライラ元帥殿下の警護を担当してもらう」
「小官の一命に賭して、殿下はお守り申し上げます」
シグムントが深々と一礼した。セフィカも続く。セフィカは、御座に座るライラが自分に向けて小さく微笑んだことに気づき、頷いた。彼女は約束を守ってくれたのだ。
「殿下」
レイルが指示棒を脇に抱えて、一礼した。ライラは御座より立ち上がり宣言した。
「三日後、我らはエルクフェンより順次進発し、出撃陣地へと向かう。《暴風》作戦決行予定日は五月一日である。
諸将の、まさに《暴風》の如き奮戦を陛下と祖国、そして余は期待する!
偉大なる祖国万歳! ガイリング二世陛下に栄光あれ!!」
「祖国万歳! ガイリング二世陛下万歳!! ライラ殿下に勝利を!!!」
一同は地鳴りのような声で応えた。ライラは笑みを浮かべ、彼らの覇気を賞した。