聖痕大戦 "ブレイド・オブ・アルカナ" アナザーストーリー
Another Stories of "Blade of Arcana" Extra ARMAGEDDON
第一章 凍てる戦争
12『会合』
西方暦一〇六〇年三月一五日夜聖典庁本営地下/教皇領ペネレイア/バルヴィエステ王国
聖典庁本営の地下には、幾つかの施設が置かれている。教会関係者に最も知られているのは、聖託大聖堂の名で知られる一大統制指揮所だが、そこには他にも色々な部屋が置かれている。
ある特別な会議のために作られたものもある。そこでは特に重要度の高い会合が時折開催される。
霊媒による盗聴を防ぐための心理的障壁が施された部屋がそれで(実際は霊媒を国家的に保有しているのは現在のところバルヴィエステ――正真教教会だけだったが、彼らは組織が持つ神経症的な疑心暗鬼で、他国が保有している可能性を見積もっていた)、夜の帳が完全に降りた第二二刻現在、そこに集まっていたのは二人の見目麗しい女性神徒だった。
「急にお呼びして申し訳ありません、クライフェル様」
信仰審問局裁定官、司祭マレーネ・クラウファーはそう口火を切った。
向いに座る妙齢の女性――伝道局北方方面主任管理官、司教ファルネーゼ・ヴァイシュライン・クライフェルは柔らかく頷いて見せた。
「察するに、ケルバーの件でしょう?」
「はい、司教」
「もちろん、状況はこちらでも把握しているわ。王立諜報本部が大量の人員をケルバーに配置している――間違いなく、牽制でしょう」
「牽制」
マレーネは素直にわからないという素振りをして見せた。この辺りの如才の無さは、審問局で学んだ組織遊泳術の賜物だ。
「大規模な動員によってより効果的な情報収集を行うつもりなのは間違いない。でも、他に別の目的もある。こちらの防諜体制が麻痺してしまうほどの人員を配置することで、本命から目を逸らせるつもりなのでしょう」
「つまり」
「ええ、間違いなく近いうちにブレダは動きを起こす」
挿絵:孝さん
ファルネーゼは微笑みすら浮かべて断言した。マレーネとは別種の美しさをたたえた容貌には、凄惨な凄みが貼り付いている。彼女は伝道局の同僚たちと異なり、血の匂いを嗅いだことがある(かつては信仰審問官であった)。修羅場においても冷静さを保つ術を知っているのだ。
「北方伝道神徒からの報告はありますか?」
マレーネは訊ねた。北方伝道神徒とは、ブレダ支配域へ潜入した神徒――諜報工作を担当する間者を意味する隠語だ。言うまでもなく、敵国への侵入を主任務とするため彼らは専門の職能を持ち、であるがゆえに本来の意味での伝道神徒ではない。
「ブレダの防諜体制は、ひどく強固なものになっている」
“強固”という言葉でファルネーゼは現実を表現した。実情は派遣した人員の六割が列聖局送り(つまり作戦中行方不明――死亡)。言うなれば、伝道局は既に戦争状態にあるということだ。
「対応は? 可能であれば、審問局でも支援しますが」
「ありがとう。でも、審問官の派遣は相手に劇的な影響を与える可能性があるわ」
マレーネは頷いた。どうせ話の接ぎ穂として派遣を口に出したに過ぎない。審問官に被害極限の考えはない。彼らの投入はすなわち全面対決を意味する。
「ならば?」
「我々には盟友がいることになっています。そしてケルバーは、どちらかといえば彼らの管轄でもある」
「“人外の者たち”」マレーネは演劇の台詞のように呟いた。
ファルネーゼは頷いた。結論は出たとでも言いたげに席を立つ。
「宮廷魔導院――あの、油断ならぬ友人たちに舞台を譲ることにしましょう。少なくとも、第一幕は」