聖痕大戦外伝 《剣を継ぐ者》 
 "ARMAGEDDON" Another stories - "Inherit the Sword"


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 2『防人』

 青年の呟き
 
 僕は魔剣使いで、ヴァハトで、防人だということになっている。
 友人のジョーカーに言わせるとそれは大したことなのだそうだ。
 ジョーカーは頭脳明晰で、ラダカイト商工同盟の全権代理で、女装趣味者で、防人だ。僕にとって重要なのは最後の一つで、それ以外はどうでもいいことだ。いや、世間的には最初の二つこそが重要かもしれない(彼と接する機会のある者は、三つ目こそが大事かもしれないけれど)。でも、彼が防人の一族に関っていなければ、あるいは僕が防人になっていなければこの付き合いは生まれるはずがなく、そのことを考えればやはり重要なのは彼が、そして僕が防人であることだろう。
 防人というのは肩書きだ。とはいっても触れて廻るようなものではないと思う。少なくとも僕は、自分が防人であるということを誰かに告げたことなんて(相手が同じ防人でもない限り)したことはない。世間に合わせて表現するならば役職のようなものだろうか。いや、たぶん一番近いのは怪しげな秘密結社の中の名誉称号なのかもしれない。
 
 防人の一族というものがある。
 知る者は皆無に近いのではないかと思う。僕も防人になるまではその存在のことを風の噂でも聞いたことはない。防人の一族とはその名のように防人が集まって構成された組織で、まさに一つの秘密結社のようにただひとつの目的のためだけに存在している。ああ、一族となってはいるけれども、別に全員が血縁で繋がっているわけじゃない。ジョーカーをお兄さんと呼ばなければならない組織なんて僕はご免こうむる。エミリアのような妹ができるのなら大歓迎だけど。まあ、それはどうでもいいか。
 防人の一族の存在目的は、この世界の聖痕をすべて解放すること。
 聖痕というのは唯一神アーの使徒たちの破片、なのだそうだ。これをすべて天に還し、再び使徒たちを世界へ降臨させることによってこの世界を楽園にするのだという。
 何やらわけのわからない説明ですまない。学のない僕にはよくわからない。ともかく聖痕というのはこの世界に数多く散らばっていて、それを集めてお空に還しましょうということだそうだ。何というか、世界規模の宝探しのようにも聞こえる。とはいえ似たような話は旧派真教の説教の中にもあるし、新派にも同様の話は存在するらしい(とジョーカーから聞いた)。つまり救世の手法としては割と有名なことのようだ。
 ここまでの話なら、防人の一族というのはやはり怪しげな秘密結社――新興宗教の一つに過ぎないということになるだろう。
 だけど防人の一族の目的は、単純に聖痕を解放するのではない。
 ここで登場するのは、“永遠の解放者”というありがたい英雄――いや、救世主だ。救世母は昇天する間際、こう告げたのだという――と、防人の一族に伝わる伝承にはある――この世界に、この世の全ての聖痕を解放する者がいる。あなたがたはその者を見つけ、その行いを助けなさい。
 なんともはや。
 最初にその話を聞いた時、僕は呆れたことを覚えている。なんて都合のいい救世主様だとジョーカーに言ったものだ。
 しかし、防人の誰もがその“永遠の解放者”を信じている。そして、防人の誰もがその“永遠の解放者”を見つけだそうとしている。
 そうなのだ。
 防人の一族の存在目的とは、あてどなく、いきあたりばったりに聖痕を解放することじゃない。この世に、途方もなく数多く存在する聖痕を一挙に解放してくれる救世主――“永遠の解放者”を探し、守ることなのだ。
 なぜ、そんな救世主を信じられるんだ? と、僕は訊ねたことがある。
 ジョーカーは悪戯っぽく僕を見詰め、ウインクして答えたものだ。
「“永遠の解放者”は嘘じゃないもの。それはティア・グレイスが証明しているわ」
 ティア・グレイス。そう、それこそが防人たちが目的を見失うことなく幾星霜もの間、理想に邁進した理由だ。
 それは剣の名前だ。救世母が防人の始祖であるヴァハトに賜れた守護聖剣で、意志を持ち、人の姿を取り、強大な力を秘めている。その剣が言うのだ。永遠の解放者を見つけだして、守りなさいと。幾星霜もの間、防人たちを励まし続けたその剣がなければきっと、この一族は消滅していただろう。それこそが、新興宗教組織と防人の一族をわける一線だったのだと思う。
 そして僕が、今もなお防人にしてヴァハトであり続ける理由もその剣にある。
 
 僕の名前はエアハルト。エアハルト・フォン・ヴァハト。
 防人にして守護聖剣を継承する者――ヴァハトだ。
 そう。
 ティア・グレイスは、僕の剣なのだ。
 
 四年になる。
 僕が、彼女を剣としてから。
 長いようで短い時間だと思う。そのうちの最初の三カ月は思い出したくもない。その頃の僕はどうしようもない大馬鹿野郎だった。まだ傭兵っぽさが抜けていなかったし、何よりいきなり降って湧いたような“ヴァハト”の宿命とやらに納得していなかった。何事にも従者面したがるティアを邪険に扱ったし、時には怒鳴り付けたり――今となっては思い出すたびに死にたいほどの自己嫌悪に塗れるけど――殴ったりもした。最悪だった。本当に。
 それでも彼女は僕の剣で在り続けてくれた。
 こんなどうしようもない、人殺しで、薄汚れた傭兵だった僕の。
 ようやく気づいたのは半年経ってからだ(やっぱり僕は大馬鹿野郎だ)。
 僕がヴァハトだから。彼女が付き従うのは、その一点に尽きることに。
 でなければ僕のような人間の屑に従うことなどできるはずがない。
 そう理解してから僕は、“ヴァハト”たろうと決めた。
 最初は、ティアのためだった。僕がヴァハトだから、という理由だけで従わねばならない彼女が可哀想だったから、(なんて思い上がった物の考えだろう!)だ。
 でも、違う。きっかけは彼女の為だったとしても、それを続けられたのは自分のためだった。ヴァハトとしての生き方は、僕の人生を変えてくれた。
 誰かを守り、誰かの為に戦うということ。僕はそれにのめり込んだ。満足だった。
 ――それすらも嘘だということに気づいたのはいつごろだったろう。
 
 ティアは、僕のその思いに気づいていただろうか?
 気づいていただろう、恐らく。彼女は賢明だ。でも文句一つ漏らしはしなかった。
 僕は、やはり大馬鹿野郎なのだろう。


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