聖痕大戦外伝 《剣を継ぐ者》 
 "ARMAGEDDON" Another stories - "Inherit the Sword"


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 1『出会い』

 剣の夢
 
 
 わたしはあなたの剣として生まれた。
 僕は人殺しとして生まれた。
 わたしはあなたの導き手として過ごした。
 僕は彼女の主として過ごした。
 わたしはあなたの枷になってしまった。
 僕は彼女の重荷になっていた。
 でも、
 だからこそ、
 わたしはあなたこそ守りたかった。
 僕は彼女を救いたかった。
 
 ◆ ◇ ◆
 
 今でも時折思い出す。
 
 最初に見たあのひとの姿は、血まみれだった。
 納屋。明かり取りから差し込む陽光と、その光の中で舞う埃。床に広がる赤い水溜まりに手を突いて、あのひとは呆然としていた。すぐそばにあるのは、森人の少女の肉片。それは死体とすら呼べないほどの態をなしていた。
 その肉片が、わたしのマスター。
 マスターだったひと。
 次なる主を見つけていたわたしは、その光景を見ても動じない。既にマスターに関する記憶は“記録”へと切り替わっていたから。記録に感情は伴わない。それがわたしの安全装置。狂することのないように、わたしを創り出した御方が備えて下さったもの。
 マスターの、もう二度と閉じることのない瞳が、瞳孔の開ききった、背筋が凍えるような虚無の如き瞳がをあのひとを見詰めている。まるで断罪するように。
 わたしは納屋の中を見回す。ここにある肉片はマスターのものだけではなかった。まだ幾人分かの“物体”が転がっている。それは、マスターが守ろうとした子供たちのもの。猛烈な斬撃が生み出した衝撃が、血飛沫を壁にまで撒き散らしている。蛇がのたくったようなそれは、まるで何かの前衛芸術のようにすら見えた。
 この時のわたしもたぶん正常ではなかったのだろう。でなければ、そんな馬鹿げた感想など浮かびはしなかったはずだ。
 いつの間にか納屋に呻き声が響いている。まだ生きている人がいるのかと、わたしは有りえない想像に視線を巡らせる。だが、やはり肉片は肉片でしかない。幻聴でもない。その呻き声は、あのひとが発していた。泣いているようにも、狂しているようにも聞こえる呻き声だった。
 わたしにはわかっていた。
 それは、あのひとの中の“魂”が挙げていた呻き。わたしが仕えるべき“ヴァハト”の魂の叫び。森人の少女――“ヴァハト”だった者の死を受け、あのひとの中の魂、その一部が覚醒したのだ。そして、自らの為した虐殺に苦悶しているのだ。
 その魂こそ、我が主の証明。この世のあまねくものを守護する“ヴァハト”の証。“永遠の解放者”の使徒たる証左。わたしのマスター。
 ――このひとこそ、次なるマスター。
 そう認識した瞬間、わたしは為すべきことをなした。
 そっと歩み寄り、かつてのマスターから流れ出た血で作られた池に膝を浸し、あのひとの頭を抱き締めた。
 自失と苦悶の狭間にあるあのひとの顔が、わたしを見上げる。涙に濡れた顔が、まるで子供のような瞳が、わたしを見ている。
「泣かないでください、我がマスター……。“ヴァハト”の魂を継ぐ者よ」
 わたしの唇から紡がれた声は、愛する者への囁きのようだった。
 
 他者から見れば、それはおぞましい光景かもしれない。
 わたしは、わたしの主を殺したひとを、慈しむように抱き締めていたのだから。
 
 今でも時折思い出す。
 納屋。明かり取りから差し込む陽光と、その光の中で舞う埃。床に広がる赤い水溜まりの中で、わたしはマスターと出会ったのだ。


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