聖痕大戦 "ブレイド・オブ・アルカナ" アナザーストーリー
Another Stories of "Blade of Arcana" Extra ARMAGEDDON
聖痕大戦外伝《彼女らは来た》

■ 02『宣伝効果』

 二月一〇日夜
 シュロスキルへ/王国自由都市ケルバー

 “来るべき戦に備えて――究極の武器を手に入れろ!
 我々がお贈りする、貴女のための決戦兵器
 これが乙女の最後の手段だ!!”
 
 チラシである。ちなみに武器商人の秘密の広告記事というわけではない。チラシの下部を占めているのは流行の少女向け絵巻を描いている絵師の手による、実に甘ったるい感じのする男女の絵であった。チラシの一番下には“ヴァレンシュタイン・デーにはケルバー製菓のチョコレートを”と記されている。
 随分と物騒な文言だが、お菓子の宣伝なのであった。
「むー」
 そんなチラシを、眉根を寄せて睨んでいるのはリーフである。
 ここはシュロスキルへの社交室。時は昼過ぎ。昼食を終えた彼女は、お茶をしつつケルバー城伯リザベートから貰ったそれを読んでいた。
「随分真剣にお読みですね?」
 横から落ち着いた声がする。テーブルに同席していたエミリア・ナインハルテンだ。いつものように質素な長衣の上にショールを羽織り、上品な仕草で茶器を傾けている。苦笑めいた微笑みを浮かべ、一つだけ年下の少女の横顔を見遣った。
「……」
 リーフは黙っている。いや、震えていた。ぷるぷると、チラシを握り締めて震えている。
「?」
 エミリアは眉をひそめて周囲を見回した。どこか窓が開いていて隙間風がリーフにだけ吹き付けているのかと思ったからだった。もちろんそんなわけがない。
「……こっ」
「こ?」
「これよっ! これが欲しかったのよっ!!」
 バンとテーブルを叩き、リーフは立ち上がった。まるで新兵器を目にしたチョビ髭独裁者のような台詞を吐くそのさまは、まさに修羅である。エミリアは肩を震わせて、豹変したとしか思えない彼女の姿を怯えたように見上げた。
「これって……チョコレートですか?」
「チョコ!? エミリア、エミリア、エミリア! これをただのチョコレートだと思っているの? “究極の武器、貴女の決戦兵器、乙女の最後の手段”って書いているじゃない! なんかもう、こう、シャレんなんない効き目があるチョコに違いないわ!!」
 断言しやがった。神懸かったのか闇に堕ちたのかってぐらいの剣幕でまくし立てるリーフに逆らう愚を悟ったエミリアは、ただがくがくと頷いた。だが脳裏で思う。
 絶対、リーフ様は壷とか買わされるタイプですね……。
 エミリアは言った。
「じゃ、じゃあ、そのチョコレートを買わなきゃいけませんね」
「それは無理だわ!」
 リーフがエミリアの鼻先にチラシを突き付けた。
「え、えーっと……?」
 エミリアは愛想笑いを浮かべつつ、チラシを見る。
「下の方見て!」
 最も下に、“予約無し。御一人様限定一個のみ。価格:五フローリン”とある。
「これが何か?」
「高くて買えません!!」
 むふーと鼻息荒く、胸を張ってリーフは言った。そして拗ねたような表情になって続ける。「そりゃあ伯爵令嬢のエミリア様にははした金かもしれませんけど」
 どういうわけか今日のリーフは意地が悪い。というか、少し壊れていた。あまりといえばあまりの言いように、エミリアは少し泣きそうになりながら応える。
「あの、あの……なんでしたらわたくしがお貸ししましょうか……?」
「断る!」
 その言葉に込められた感情に対してというよりも、突然大声で言われたことに驚いたエミリアはちょっと泣いた。
「こーゆーもんは、自分の力で手に入れなきゃ駄目でしょが!」
「ううっ……じゃあ、どうするんですか?」
「任せて。あたしに策があるのよ」
 自信満々にリーフは胸を叩いた。
「むふふ、これでエアもイチコロよ……」
 不気味な笑みを漏らしつつ、リーフは目から怪しい光を放ちながら社交室を出ていった。
 慌ててエミリアも付いていく。
 手伝わないとリーフに何かされそうだし、何より彼女を放置するわけにはいかない。彼女はライヴァルなのだ。監視して――もとい、見守って――なければ。
 そしてあわよくば出し抜くのだ。
 
 エミリアはリーフの視界の外で、何とも策謀家めいた微笑みを浮かべた。