聖痕大戦外伝 《虎と猫と》 "ARMAGEDDON" Another stories - "Tiger" < PREV | NEXT > [ARMAGEDDON] 4『着任』 西方暦一〇六一年二月八日 王都フェルゲン/エステルランド神聖王国 廊下は重苦しい荘厳さに満ちていた。磨き上げられた青檀の張られた床は、窓から射し込む陽光にその青黒さを際立たせている。廊下の中央には人間の体幅に等しい広がりを持った深紅の絨毯が敷かれていた。廊下の終点にある大きな扉はやはり青檀造りであったが、その表面には銀装飾が施されている。まさに王室が必要とする神聖装飾そのものであった。 漆黒を基調とした親衛騎士礼装に身を包んだアーネフェルト・フォン・ティーガァハイムはその廊下をゆったりとした歩調で進んだ。陽光を反射する軍靴が絨毯を叩くたび、腰に下げた儀礼用細剣が鈍い音をたてた。左手は細剣の柄に当てられ、右手は緩やかな握り拳を作り、歩調に合わせて揺れている。華麗と野性を理想的な比率で含んでいる容貌には、傲岸不遜というほかない表情だけが貼り付いている。見る者を怯えさせる印象すらある。 扉の両脇では数人の男が彼を待ち受けていた。一人は五〇絡みの王室式典官で、他の二人は神聖騎士団から派遣されている侍従武官だった。武官たちはティーガァハイムよりも階級が低かった。当然、全員が礼装に身を包んでいる。 「よろしいですか、将軍?」 式典官が探るように訊ねた。どこか嘲りが混じった声で付け加える。「噂から受ける印象とは違いますな。随分とお若い。それに余程の偉丈夫かと思っておりましたが」 「御期待に沿えず申し訳ない、式典官殿」 鼻を鳴らすような声でティーガァハイムは答えた。「見た目で戦ってきたわけではないのでね」 式典官は目を丸くした。無関心を装っていた侍従武官たちが示し合わせたようにしてやったりという微笑を浮かべた。王室領貴族たる彼らは特にティーガァハイムへ好意を抱いているわけではなかった。軍内部でのティーガァハイムの風評からすれば、むしろ反感を抱いているかもしれない。が、同僚をぞんざいに扱われることに不快感を覚えずにはいられなかったのだった。 ティーガァハイムは侍従武官たちへ目礼を送った。彼らもそれに答えた。それを目に留めた式典官はむっとした表情を浮かべ、習慣と教養の力でそれを覆い隠すと銀細工の施された重い扉を開けた。大きな声で伝える。 「ティーゲル王室領邦領主、神聖王国ザール後衛部隊指揮官、神聖王国副将、ティーガァハイム伯爵アーネフェルト卿、親衛騎士任命のため御入室!」 ティーガァハイムは謁見の間へ歩を進めた。ほう、と呟きたくなる。 謁見の間は標準的な庭園よりも広い面積であった。装飾は廊下と同様に荘重極まる。床と壁面には青檀が張られていた。壁面には銀装飾が施されている。床には、ティーガァハイムが進むべき順路を示す赤絨毯が敷かれていた。絨毯の両側は神聖王国の重臣が列している。絨毯の右側には武官、左側には王室、執政院文官及び旧派真教関係者が並んでいた。 右側の列には神聖騎士団長ノエル・フランシス・エルマー元帥、近衛軍総司令官フォルクハルト大将軍といった顕職が並んでいる。 絨毯の終点は一段高くなっていた。玉座であった。そこにはやはり軍礼装を身に付けた小柄な男が腰を下ろしていた。礼装には一切の装飾が無い。その必要がなかった。彼は神聖王国の全軍事力を掌握する者――神聖王国国王、ヘルマン一世であった。 国王は大儀そうに立ち上がった。小柄であった。一六〇センチあるかどうかというところだろう。今も吟遊詩人に謡われる併合戦争の英雄とは思えぬほどであった。 親衛騎士一人の任命式だというのに、これほどご大層な出席者とはどういうことだ。ティーガァハイムは視界に並ぶ人々を見つつ思った。いや、そうでもないか。出席者には王女派の人間は一人としていない。中立のエルマー、王妃派のフォルクハルト、他に居並ぶ武官たちも、ほとんどは王妃派か中立の人間だけ。文官も似たようなものか。いや、恐らくマルガレーテ王妃が出席するとなれば王女派の人間など出たくもあるまい。ふむ、客観的に見れば、確かに俺は王妃派だと思われるかもしれん。 「将軍」 式典官が囁くような声で伝え、先に立った。背後では左右に侍従武官がついた。ただし、絨毯の外側にいる。この部屋でいま絨毯の上を歩けるのはティーガァハイムとヘルマンだけであった。親衛騎士のような親任官(国王の認証を必要とする役職)は任命の際に“畏れ多くも玉心に親しく接する”ことになるため、儀式の間、形式的に国王に次ぐ地位にあると見做されるからである。 ティーガァハイムは歩きだした。深紅の絨毯は思ったよりも深く、軍靴の底から沈みこむような感覚が足裏に伝わった。どこか得体の知れぬ柔らかさ。微かな不快感が込み上げる。踵を叩き付けるようにして進んだ。絨毯のせいでくぐもった靴音になる。背後両脇を進む侍従武官の靴音の方が大きく響いている。ティーガァハイムは微かに唇を歪め、すぐにそれを消した。侍従武官が続く理由が、音響効果のためであることに気づいたからだ。 式典官が立ち止まった。ティーガァハイムはそのまま歩み続け、式典官より三歩前に出る。ヘルマンとただ一人まみえる。 神聖王国国王、ヘルマン一世の顔に表情はない。大国の元首としての威厳もない。いや、確かに生まれ育ちが醸し出す無形の威圧感というものは(ティーガァハイムであっても)感じられるが、老醜というほかない空気がそれを台無しにしている。 ただ、瞳にだけ感情に類するものが含まれていた。何だろうとティーガァハイムは思った。すぐに理解する。見慣れた感情であった。 嫉妬。自分には持ちえぬ何かを持つ他者へ向ける感情。一体なんだと彼は思う。俺が国王に嫉妬される理由などないはずだが。名誉か? それともなんだ。金? 女? ふん、まさか。この老人は、そのどれもを思うが壗に手に入れられるはずではないか。 「将軍」 式典官の押し殺した声が聞こえた。ティーガァハイムは自分が儀式の進行を無視していたことに気づいた。彼はその場で膝をつき、臣下の礼をとった。腹の中で数を数える。五つまで数え、顔を上げた。ヘルマン一世は軽く頷き、腰に下げた儀礼用の剣を抜き、彼の肩に置いた。聞き取りにくい声で告げる。 「救世母とその栄光を代行せし教皇、その信任を得て国権を代表する我の名において貴公を王室親衛騎士に任命する。異存は無しや?」 沈黙をもって返答とする。ティーガァハイムはそのまま老王を見詰める。 「ならば宣誓を唱えよ」 「我、国王陛下の忠臣にして藩屏たる臣アーネフェルトは王室親衛騎士たるの主命を拝命致します。我はいついかなるときも玉心安んじ奉ることを務めとし、偉大なる救世母と陛下、祖国への信仰と忠誠の念を忘るることなく、この大任を遂行することを陛下の剣に宣誓致します」 「アーネフェルト卿の宣誓を、偉大なる救世母の名の元に認証します」 ヘルマン一世の傍らに座る王室祭務官――正真教エステルランド修道会大司教が告げる。老王は剣でアーネフェルトの両肩を叩き、鞘に納めた。 「救世母とその栄光を代行せし教皇、その信任を得て国権を代表する我の名において、貴公が親衛騎士に任命されたことを宣言する。親衛騎士アーネフェルト、もし貴公が宣誓を破りしときは」 「我に名誉なき死を」 「その言葉をゆめゆめ忘れぬよう、心せよ」 ティーガァハイムは深く一礼した。誰もその表情を見ることはなかった。 式を終えたティーガァハイムは、エルマー元帥とともに、《エステル・ラウム》中央区画にある親衛騎士隊本部へと向かう。 軍制上、王室親衛騎士隊は神聖騎士団の一部隊であり、騎士団長(この場合エルマー元帥)の直接指揮下にある。というより、王室親衛騎士隊が名誉待遇としての元帥位にあるエルマーが指揮できる唯一の部隊なのであった。ティーガァハイムにとり、彼女が唯一の上官ということになる。 「御苦労でした」 《エステル・ラウム》内の綺麗に整備された区画路を歩きつつ、エルマー元帥は丁寧な言葉で告げた。 「……」 ティーガァハイムは無言のまま目礼した。どう反応すればいいのか、彼にも判断がつきかねた。別に政治的な理由ではない。 「元帥閣下、軍で物を言うのは階級です」 「ただし、本当の敬意は階級に対するものと別である――あなたはかつてそうおっしゃいました、教官殿」 年若い元帥は、紛れもない敬意を込めた言葉で呟いた。 「……わたしはまだ騎兵大尉なのか?」 「少なくとも、わたしがここへ赴任した時はまだ、予備役騎兵大尉として聖救世軍軍籍簿に残されていたはずです」 小さく溜息をつき、ティーガァハイムは彼女の追憶に付き合うことにした。 「久しいな、エルマー生徒。挨拶が遅れてすまなかった」 「いいえ、構いません。当然の配慮だと思います」 エルマー生徒という言葉に懐かしさを刺激されたエルマー元帥――ノエルは、小さく笑って頷いた。 二人はかつて、バルヴィエステ王国で異なる立場で出会っていた。 六年前。軍事留学団の一員として聖救世軍に編入されたティーガァハイムは騎兵大尉の階級を与えられ、他の聖救世軍軍人と変わらぬ業務をこなしていた。聖救世兵学院への入校、実戦部隊への配属(彼はそこで騎兵中隊を率い、匪賊討伐を行った)――そして、兵学院幼年学校教官。正確には校付き将校――無任所教官として、まあ兵学院を観察するための立場――であったが、幾度か教官の真似事を行ったこともある。彼が受け持ったクラスの中には後の神聖騎士団長――ノエルの姿もあった。 「ザールでは本当に御苦労様でした。わたしに実権があれば、もっと兵を増派したのですが……」 「もう終わったことだ。それに、あの戦は負けるべくして負けたものに過ぎない。単純な兵力差のせいではない」 「ザールにおける戦訓を調査するよう、統合作戦部には命じてあります。わたしにはそれぐらいしかできません」 「それでいい。賢者は敗北に……他者の敗北にこそ学ぶ」 「懐かしいですね。教官殿の戦訓の授業を思い出します。口癖でしたね」 ティーガァハイムは形容しがたい微笑みを浮かべて見せた。懐古だけではなく、何か痛みを伴っている笑いだった。ノエルは、そんな彼の微妙な表情に気づかない。 「閣下」 昔話はここまでだとでも言うように、ティーガァハイムは硬い口調でノエルに言った。 「小官は王室親衛騎士隊に対する知識を深く持ってはおりません。可能であれば心得ておくべき情報を御教授願えますでしょうか」 ノエルはほんの少しだけ残念そうな顔をしたが、すぐに上官としての態度を露にしつつ、王室親衛騎士として必要な心得と王宮の全般状況について教え始めた。 その名の通り、王室親衛騎士隊は王族の警護を担当している。とはいえ任務は身辺警護だけではなく、王城《エステル・ラウム》の防衛もまたその範疇に含まれている。つまり彼らは、字義通りの“親衛騎士”であると同時に王城防衛部隊を率いる“指揮官”でもある。 王室親衛騎士隊の定員は二二名(うち一名は神聖騎士団長兼務。実質的には二一名)。そのうちの十一名はバルヴィエステ王国より派遣されてきた聖救世騎士、残りは王室領貴族出身の神聖騎士から選抜される(数年前までは全員が聖救世騎士であったが)。この比率はヘルマン国王の発案であった。その理由はいかにも猜疑心の強い彼らしいもので、叛乱を恐れているがゆえらしい(ノエルはそう教えた。宮廷における公然の秘密なのだそうだ)。過半数が聖救世騎士であれば、たとえ親衛騎士が叛乱に加担したとしても半数以上の王城防衛部隊兵力を保持できるというわけだ。 その王城防衛部隊だが、一個の完結した部隊ではない。 親衛騎士それぞれが率いるのは、バルヴィエステより派遣された聖救世軍部隊を中核として、正規軍により編成された独立編成の大隊なのだ。この計二二個の独立大隊からなるのが特別親衛騎士団《エステル》である。総人員は二八〇〇〇弱。この親衛騎士団は完全に王城防衛(王都防衛)のみを任務とする特異な部隊であり、神聖騎士団長ノエル・フランシス・エルマー元帥が掌握する唯一の戦闘部隊なのである。 「なんともまあ」 まず親衛騎士隊の状態について教えられたティーガァハイムは、呆れたように呟いた。 「ひどいものですね」 「ああ、まあ」 何と応えていいものか困ったような表情で、ノエルは曖昧に頷いた。 「独立編成大隊が二二個。寄せ集めのようなもの――数が多いだけで、集団戦には危なくて使えるものではありません」 「《エステル》親衛騎士団は外敵と戦うための部隊ではないのだ」 ノエルは神聖騎士団長という立場から、そう応えざるを得ない。たとえ異国の指揮官であろうとも、守るべき名誉というものがある。ティーガァハイムは続ける。 「祖国の北部を食い荒らされている現状では、何とも不安ですが」 「王都にまで攻め込まれるような戦は、どちらにしろ負けだ」 「――そうでしょうね」 ティーガァハイムは声音の芯に、冷たく硬いものをひそませて頷いた。ノエルがその響きに不穏なものを感じ、見遣る。ティーガァハイムの顔には何の感情も浮かんではいない。 「親衛騎士は、週単位で王族警護を担当する。警護対象は国王陛下、王妃陛下、王女殿下だ。それぞれ一名ずつの親衛騎士が就く。この警護官たちが率いる三個大隊は、その王族警護の間は王室護衛連隊として《エステル・ラウム》中央区画に配備されることになる」 何とも官僚主義的な配置だな。ティーガァハイムは無言のまま思った。責任所在を明確にしているともいえるかもしれないが、まるで部隊を有機的に活用させるつもりがないようだ。ああ、つまり親衛騎士の影響力を、それぞれが率いる大隊にしか及ぼさせないためか。国王はそんなに親衛騎士が信用できないのだろうか。ふん、まあ信用されるつもりもないが。詰まるところ特別親衛騎士団は名ばかりがご大層な衛士隊に過ぎないということはよくわかった。匪賊や民衆の暴動程度ならともかく、ブレダ軍が攻め込んできたらすぐに捻り潰されるだろう。 「――とりあえず貴官は親衛騎士隊本部付となる。無任所だ。一週間といったところだな」 「研修ですか。気楽なものですね……ああ、もちろん閣下に対する非難ではありません。仕方がないことです」 「親衛騎士に求められるのは万軍の将たることではない」 ノエルは謝罪するような視線を向け、告げた。 「王室を警護する見目麗しき騎士たることなのだ」 「何とも幻想的ですね」 親衛騎士隊本部には、王族警護の任にない同僚たちが集められていた。彼らとの挨拶は実に冷ややかなものだった。王都におけるティーガァハイムの評判から考えれば当然の反応であった。それに加え、ザールでの功績は騎士たちにとって妬み以外の何物も生まない。 もちろんティーガァハイムは、そのすべてを完璧に無視した。どいつもこいつも血筋や見た目だけは立派な俗物だと決めつけた。彼は悪意に対して好意を返すお人好しではない。 ケルバーの氷と変わらぬ空気に満ちた室内を無視して、ノエルはティーガァハイムに命じた。貴官の部隊を閲兵した後は、王室関係者への目通りを行えということであった。 都市ほどの広さを持つ《エステル・ラウム》の中央区画には、親衛騎士隊本部の他に兵舎と装備庫、練兵場まで備えられている。完全な駐屯地と言っていい。 案内の将校に連れられた練兵場には、既に彼が率いるべき部隊――第七親衛大隊が分列行進の隊形のまま、待機している。 ティーガァハイムは閲兵台の上に立った。くだらない儀礼であったが、何事にも必要なやり取りというものがある。 大隊の脇に立つ女性将校が――大隊の男女比率は七:三というところだった――佩用していた長剣の鞘を半直角に構え、抜き放った。柄を顎に引き付けて構え、大音声の号令を発する。 「大隊、前ぇーっ、進めぇっ!!」 閲兵台の脇に並んでいる軍楽隊が行進曲が吹奏された。大隊が練兵場を行進し始める。 軍鼓と喇叭が奏でるのは神聖騎士団行進曲。実に勇壮な響きであった。 正装した大隊の将兵は歩調のとれた行進を行いつつ、閲兵台の前を通る。その様子を表面上は威厳を保ちつつ、ティーガァハイムは興味深く見守った。 実に見栄えのする将兵たちだ。それに行進も非の付け所がない。全員が、よくできたからくり人形のように同一の動作を繰り返す。大丈夫だろうかと彼は思う。古来より行進の得意な部隊にろくなやつはいないはずだからであった。もちろん偏見ではあるがある種の真理でもある。 まあいいさ、柔らかな微笑を浮かべて行進を見詰める彼はそう結論した。少なくともこの部隊は行進訓練を行う必要はないことはわかった。ともかく短時間でこの部隊を掌握しなければならない。 戦える“本物”の軍隊にしなければならない。 練兵場を一周した大隊は、再び閲兵台の前に到達する。隊列の脇を進む女性将校が長剣を突き上げ、号令を発した。 「全隊、止まれぇ! 右向けぇ、右っ。捧げ、剣!!」 剣、あるいは槍が一斉に身体の前に保持される。最前列で長剣を捧げている女性将校の肩には、中隊長位を示す肩章が縫い付けられている。どうやら彼女がこの大隊における最先任の兵科将校であるらしい(大隊本部付きの幕僚は指揮官が選抜することになっている)。 ティーガァハイムは答礼し、軽く女性将校に頷いた。再び号令。 「休め!」 剣と槍が下ろされ、脚が開かれる。 ティーガァハイムは大隊を見回した。大隊全力の総勢は一二〇〇人。神聖王国軍の編制から言えば、規模が大きい。独立編成であるため諸兵科連合が行われているせいだろう。装備を見たところ、三個歩兵中隊に捜索中隊と弓兵中隊が加えられているようだ。他に伝令小隊、療務兵小隊、輜重小隊、糧食小隊、本部中隊といった兵站関連部隊が付属している。騎兵が見当たらないが、野戦を想定していないためだろう。 面構えは悪くないな。まあ当然か。この大隊の何割かは聖救世軍から派遣されているのだから。彼は軍事留学の経験から、聖救世軍の精強さを疑うことだけはない。ならば、編成を替え、戦闘を主眼に置いた訓練計画を策定すれば“使える”はずだ。 「閣下」 女性将校が声を掛ける。ティーガァハイムは頷き、大隊へ話し掛けた。 「諸君、本日より第七親衛大隊の指揮を預かることになったアーネフェルト・フォン・ティーガァハイムである。わたしは無意味な訓辞を好まない。よって一言だけ、諸君に言葉を贈りたいと思う。 わたしは装飾のための軍隊というものを認めない。諸君も同様だと願いたい。以上だ。 先任将校はわたしを大隊長室へ案内しろ。解散してよい」 この瞬間の将兵の顔は見物であった。唖然としている。何か今後の方針について表明があると思っていたらしい。 大隊ごとに設けられている本部施設、その中の大隊長室に案内されたティーガァハイムは、執務机に座ると同時に先任将校――あの、隊を率いていた女性将校に命じた。 「先任将校、官姓名を申告したまえ」 「はっ。第七親衛大隊捜索中隊長、神聖王国騎士ルート・フォン・ミレッカーであります」 訛り一つないドルトニイ語。恐らくは二〇代前半でありながら中隊長位。王国騎士位授与者。王都生まれの王都育ち、つまりは完全無欠の貴族というわけか。ティーガァハイムは唇を歪めて推察した。懐の細巻入れを探り、細巻をくわえる。弾かれたように女性将校――ルートは点火芯を取り出し、火を付けようとした。如才ない動作だ。しかし彼はそれを無視して、自分の点火芯を使う。嫌味でも何でもない。貴族でありながら、ティーガァハイムは己の細巻を他者に火を付けさせるような無意味な尊大さを好まないだけであった。 火の付いた点火心を持って困ったような表情を浮かべたルートは、照れ隠しなのか、微笑みつつ点火心を振って火を消し、吸殻入れに捨てる。 「貴官も煙草を吸うのか?」 「はい、いいえ違います。小官は吸いません。喫煙者への配慮であります」 ルートの返答は緊張に満ちていた。素の反応だった。ティーガァハイムは彼女に対する評価をわずかに修正した。気配りはできるらしい。 「なるほど。まあいい」 紫煙を吹き出す。彼は命じた。 「まずは本日付けで貴官を臨時の副官に任命する。すぐに親衛騎士隊本部に向かい、人務課から第七大隊将校の考課表を受け取ってきたまえ。全員だ。もちろん貴官を含めて。将校を把握した後、三日以内に大隊本部幕僚を選抜する。わたしは先程告げたように、実戦的でない部隊を指揮するつもりはない。覚悟しておけ」 「はっ。親衛騎士隊本部人務課で大隊将校全員の考課表を受け取って参ります」 しゃちほこばった復唱をして、ルートは踵を返した。面食らったような空気を隠せないでいる。その態度だけで、この親衛騎士隊が戦争をまったく想像の埒外に置いていることがわかった。 < PREV | NEXT > [ARMAGEDDON] |