■ 設定資料:聖救世軍

「我らが法衣に戴く聖印は、我らの敵への警鐘。
 我らは、我らの命を、我らの母が示すところに捧げよう」
 ――正真教教会聖救世軍入隊式での宣誓の言葉

◇ 聖救世軍、その起源

ハイデルランド地方最強の名を欲しいままにしている軍隊、バルヴィエステ王国軍――聖救世軍。
その母体は、前西方暦八〇〇年に建国されたバルヴィエステ王国、その国軍ではない。
彼らは絶対王制下の"国王の軍隊"に過ぎない。
聖救世軍の母体は西方暦元年に聖地オスティアに誕生した最後の使徒である救世母、その巡礼の旅に同行した者たちだ。
いわゆる"巡礼始祖"――あるいは"真徒"と呼ばれる人々である。
彼らは巡礼において救世母の良き仲間、良き信徒であると同時に、恃むべき警護者であった。最初は数人の自発的行動であったが、最後のその時、その規模は数百人にまで拡大していた。
彼らは救世母が天に召された後も、救世母の遺志を継ぐ者たちとしてその"教え"を行動の規範として、国、貴族の命令ではなく、その"教え"と民たちの願いによって行動する最初の武装集団となった。
やがて彼らは、その"気高き行い"から騎士と形容されるようになり――その集団は騎士団と呼ばれるようになった。
聖救世軍の原型――聖救世騎士団の誕生である。
救世母の死後、西方暦二〇〇年頃のことであった。

◇ 教会の軍隊

創設直後の聖救世騎士団は、定住地を持たぬ流浪の武装集団であった。当時の彼らは、好意的に見ても"規律正しい野盗"程度でしかなかった。国家、豪族に仕えることをよしとせず、寄付とわずかばかりの報酬(私設警備隊、時には盗賊――義賊まがいのことで資金を稼ぐこともあった。当然、現在の聖救世軍の歴史上では抹殺されている事実だったが)で糊口をしのいでいたのである。
しかし、状況は激変した。
西方暦三〇〇年、バルヴィエステ王国の真教国教化である。尽力したのはかつての同志たち――真徒のもう一方の末裔たる正真教教会だった。
布教による精神的・思想的浸透に成功した教会は、それをさらに強化する後ろ盾――武力を欲していた。バルヴィエステ王国の国教化に成功したとはいえ、すべてが救世母の教えを信じているわけではなかったからだ(俗界――国王をはじめ、支配者層が当初国教化に賛同したのは、より円滑な統治を行うための便法にすぎない)。
この世界では、信仰ですべてを解決できない。ならば、それなりの手段を採るしかない。
国王や貴族といった権力に従う軍ではなく、金で働く傭兵でもない"力"――。
尽きせぬ救世母への信仰。そしてもちろん、現世における救世母の教えを体現する教会に対しても満腔の忠誠を。
言葉を飾らぬのならば、教会のためにのみ存在する軍隊――聖救世騎士団はその条件に合致した。
流浪する彼らを呼び寄せた正真教教会は、聖救世騎士団を国王より割譲された教皇領の私設警備軍として聖救世騎士団を用いた。確固とした目的を与えられた聖救世騎士団は、当時の軍隊としては卓越した士気と規律を保っていた。未だ戦乱の時代であった当時のハイデルランド地方において、横暴でない武装集団は彼らぐらいであった。
正真教教会の成立当初、爆発的に信徒が増大した背景には、聖救世騎士団が民衆に与えたイメージによる宣伝効果もあったことは否定できない。

西方暦三〇五年になると、バルヴィエステ王国における権力闘争が激化し始める。
聖俗諸侯による派閥闘争である。
あくまで神権を上位に置く教会派と、絶対王権の王国派による暗く静かな戦争は、国教化が認められた西方暦三〇〇年から続いていた。教会、一部貴族、民衆で構成される教会派、国王を筆頭とする貴族層で構成される国王派の勢力は拮抗していたが、隠匿されていた西方暦三〇三年の"失われた聖母"事件が王国派貴族の密偵によって明るみに出たため、教会派は手ひどい外面的ダメージを受けた。
結果、勢力の均衡が崩れることを危惧した教会派は、一つの決断を下す。
聖救世軍の創設である。
教皇領警護だけではなく、教会と信仰を守る真の意味での"教会の軍隊"。それが聖救世軍であった。入隊基準はただ一つ、救世母と教会への絶対的忠誠のみ。身分、出自は問わない(やがてそれは、種族すら問わないというところまで拡大された)。
これは、起死回生の人気回復策("失われた聖母"事件によって、民衆の少なからぬ数が教会に対する信頼を失いかけていた)であると同時に、発生する可能性の高い内乱――王国派による権力奪取に備え武力を増強する意味合いがあった。
反応は即座に出た。
当時、軍というものは特権階級のものだった。騎士、貴族が支配する最悪の玩具だった。
しかし、聖救世軍は民衆にも(というより、民衆のために)開かれたのだ。
民衆は殺到した。信仰のため、名誉のため、栄達のため。
教会もそれに応えた。少なからぬ寄進を投入し、聖救世軍を急速に拡充・整備した。
西方暦三一〇年になると、聖救世軍の規模は以前の一〇倍近くにまで拡大された(余談ではあるが、聖救世軍創設からの数年間、王国派に付け入る隙を与えなかった点において、当時の教会首脳部の老獪な交渉術が見て取れる)。
総人員一五万強。当時のバルヴィエステ王国正規軍の三倍である。
また数の上だけでなく、能力の面においても王国軍に比べて強力なことが演習、匪賊討伐によって実証されると、王国派からの転向貴族が目立ち始めるようになり、西方暦三三〇年、教会派の勝利を決定づける憲法が施行される。
「バルヴィエステ王国国王は行政・立法・司法・統帥のあらゆる権力を掌握する。ただし、その実行には教皇の同意を必要とする」――神権上位を実質的に認めた内容であった。教会派はその返礼として、国王が神と人間の仲介役であることを公式に発表した。彼らの統治に宗教的権威を与えることで、王国内での円滑な統治を認めたのだ。
彼らが教会に対して容喙せぬ限り、という無言の注釈を付けて、であったが。

西方暦三三五年、正真教教会の全面的勝利に終わった権力闘争の結果を受け、聖救世軍も"教会の私兵"から準国軍へと昇格した。その結果誕生したのが、
1:救世母という観念的存在を忠誠の対象とする、
2:平民を中心とした、
3:大規模な常設志願制軍隊
であった。
これは他国のような典型的な中世的軍制に比べ、ひどく優れたシステムであった(他国との違いは以下に記す)。

◇ 最強の軍隊へ

以後、着実に聖救世軍は規模を拡大していく。周辺地域の平定(第一次〜第二次聖盾戦争)、第一次〜第三次北方大布教と、他国の軍に比べ数多くの実戦も(組織として)経験していくことによって、幾度か大きな軍制の改訂をも行っている。そのため、他国に比べるとあまりにも先進的に過ぎる側面がある(協同作戦がとり辛いという側面がある)。

西方暦一〇六〇年における聖救世軍の統帥機構は以下の通りである。

正真教教会教皇(アーシュラ・ドニ七世)

聖救世軍総司令官(枢機卿ブリュンヒルデ・ルフトハイム元帥)

聖救世軍統帥本部(本部長エリーゼ・シュルト上級大将)
↓               ↓
各大管区所属部隊(平時)/各聖救世師団(戦時)

◇ 管区制度の導入

バルヴィエステ王国では、円滑な統治(聖俗両面の意味において)を行うために、教会と聖救世軍がそれぞれ国土を教区(管区)と呼ばれる行政地域で分割していた。
当初は聖救世軍も教区単位で支部を置き、その下に聖救世軍連隊を配備していた。しかし、その規模が拡大していくに連れて独自の分割制度が必要となったため、西方暦六〇八年、大管区、管区という分割単位を導入した。
現在、聖救世軍が統括する大管区は二三にも及ぶ。

◇ 階級制

聖救世軍の精強さを説く時、その要因を階級制度に求めることができる。
ハイデルランド地方における軍を端的に述べた場合、そこにあるのは貴族(指揮官)と兵(ごくわずかの職業軍人と大量徴兵された一般市民)のひどく隔絶された二層だけである。
兵は慨して士気が低く(望んで兵士になっているわけではないので当然である)、兵術に精通しているわけでもない。彼らを統制しているのは貴族――指揮官だけ。従って従来の野戦における戦闘方法は、いかにして指揮官を潰すか、ということに終始してきた。貴族を倒せば、いかに兵が残っていようと士気が崩壊し、壊滅状態に陥るからだ。
そんな簡単に戦争が終わってしまうのは、正真教教会――聖救世軍の存在理由にそぐわなかった。彼らは国を守るためではなく、救世母の教えと栄光を永久に護持することであったから。敗北は許されない(さらにいえば、時代的要請として正真教の教えを果てしなく拡大させるためには、周辺地域の蛮族――ヴァルター、ワイト族――との紛争に勝利せねばならなかった)。ならば、どうするべきか。
聖救世軍は、他国とは比較にならぬ戦争の歴史の中で、その手段を編み出した。
中世的軍隊の問題は、貴族を失ってしまえば指揮権を有する者がいなくなってしまうことだ。貴族、平民という血統格差がその障害になるというのなら、それに変わる序列を作りだしてしまえばよい。そしてそれは、世界初の国民軍としてプラスの要素として作用せねばならない。
より指揮統制システムを強固にするもの――それが階級制だった。血統ではなく、実力によって積極的に身分差を作るもの。
言ってしまえばそれは、平民たちに対し特権階級への階段を与えることでもあった。そうすることで、彼らに士気と責任感を植え付けようとしたのだった。
初めは士官、下士官、兵卒という大まかな区分であったが、それは歴史と戦いを重ねることでより細分化していった。
現在、聖救世軍における階級は、上より元帥、上級大将、大将、中将、少将、大佐、中佐、少佐、大尉、中尉、少尉、准尉、曹長、軍曹、伍長、上等兵、兵の一七位によって成り立っている。

◇ 軍制

聖救世軍は他国と異なり、地方領主の私兵としては定義されていない。
聖救世軍は"救世母への忠誠"を誓った者たちで構成される志願制軍隊であり、バルヴィエステ王国の準国軍であった(聖戦時には王国軍すら指揮下に収める)。名誉救世母の栄光のために戦う極めて異例の武装集団である。戦時徴兵は基本的に行われず、正規将兵(常備軍)と予備役将兵(聖戦時動員される)によって構成される。
また部隊編制も細分化されており、状況に応じて柔軟な編成を行うことができた。
さらに、他国に比べて優れた点として諸兵科連合が実現されていることが挙げられる。連隊は最も基本的な戦闘単位だが、他国では単一兵科で構成されていることが多い(歩兵連隊ならば、歩兵のみで構成されている)。しかし聖救世軍における連隊は、数種類の兵科が編合されている。
以下に、聖救世軍における基本戦闘単位を記す。

軍集団:2〜3個軍で構成される最大戦略単位。聖戦発動時にのみ編成される。司令官は通常、元帥が就任する。
軍:2〜4個軍団で構成される。後方兵站組織を有し、独立作戦能力がある。軍司令官は元帥または上級大将が就任する。
軍団:2〜4個師団で構成される。師団を指揮するだけで、自らは後方兵站組織を持たず師団に依存する。装甲騎兵師団と騎乗歩兵師団で構成されている場合、特別に快速軍団と呼ぶこともある。軍団長は大将。
師団:最大戦術戦闘単位にして、最小独立戦略単位。他国の騎士団に相当する。兵站能力を持った基本作戦部隊で、主兵種部隊(歩兵師団なら歩兵)を中核とした諸兵科連合部隊である。師団長は中将または少将。猟兵、騎兵、装甲歩兵などの師団がある。
旅団:2〜4個連隊で構成される。大管区に配備される。
連隊:2〜4個大隊で構成される。管区に配備される。複数の兵科部隊を含む。
大隊:2〜4個中隊で構成される。
中隊:2〜4個小隊で構成される。
小隊:2〜4個分隊で構成される。
分隊:一〇〜二〇名の兵士で構成される。

◇ 兵種

聖救世軍は志願者に対して、積極的に専門兵種を選択するようにしている。万能の者など存在しないということを血まみれの歴史の中で悟ったからだった。ならば、何か一つ得意なものを兵たちに与えることで使い道を模索すればよい、そういうことであった。
現在、聖救世軍は戦闘兵種として以下の兵科を設置している。

*騎兵:軍馬に騎乗する兵たちの総称。西方暦一〇六〇年における野戦の主力。装備する防具によって装甲騎兵(重騎兵)と驃騎兵(偵察専門の軽騎兵)に分類される。
*猟兵:他国における歩兵に相当する。胸甲を装備し、長搶と白兵戦用の軍刀を所持する。ごく一部の部隊では、重装歩兵としての任務も兼任させるために盾を装備した重猟兵も存在する。
*弓兵:中距離射撃戦のみを行う弩弓兵、支援射撃と白兵戦闘を行う軽弓兵、攻城弩弓による長距離射撃戦を行う重弓兵に分類される。
*重装歩兵:一〇五三年度まで存在していた兵種。甲冑、盾、戦斧槍を装備した重装備の歩兵。騎兵防御用の戦力として歩兵戦力の重点を担っていたが、戦場機動力の低さと維持費の高さが問題視され、現在は廃止されている。一部の部隊では、重猟兵として残っている場合もある。
*光杖兵:一〇五八年より試験的に運用されている新兵種。火薬を用いる射撃武器である《光の杖》を装備する歩兵。猟兵と弓兵を兼ねるものとして期待されている。現時点では、聖救世軍総司令官直轄として一個旅団程度が編成されているらしい。

聖救世軍はこのほかに、支援兵種として輜重兵(補給、輸送)、療務兵(衛生)、野戦審問兵(軍紀統制、捕虜尋問)が存在する。

◇ 聖救世軍の常備兵力

聖救世軍は、確認できるだけで九個の師団を常備兵力として中央大管区に配備している。聖戦が発動された場合、予備兵力の動員によって総勢一〇〇万近い兵が半年ほどで戦闘可能になるらしい。なお、番号の欠番部分については、度重なる編制改訂によって統廃合された結果であるもの、あるいは予備役動員部隊に指定されているものらしい。

聖救世騎士団:聖救世軍の別名ともなっている最精鋭部隊。聖救世軍において"騎士団"の名誉称号を持つ唯一の存在。通常の師団の二倍近い規模を誇る。マーテル大聖堂の警衛と、教皇領ペネレイアの防衛を担当し、特に選抜された一個小隊は教皇親衛隊として教皇の警護を担当する。この部隊に配属された聖救世軍軍人は、聖救世騎士の称号を授与される。厳格な定義に従えば聖救世軍人と聖救世騎士は別種の存在で、聖救世騎士団における階級は聖救世軍のそれよりも上位に置かれる(2〜3階級ほど上に値する)。

▽ 通常配備部隊

第一聖救世装甲師団《救世母親衛旗》
第二聖救世装甲師団《教皇領》
第三聖救世装甲師団《十字架》
第四聖救世装甲師団《アイセル》
第五聖救世装甲師団《剣の塔》
第七聖救世猟兵師団《アーシュラ・ドニ》
第八聖救世騎兵師団《列聖廟》
第一〇聖救世装甲師団《アイルハルト》
第一二聖救世装甲師団《信徒》
第一八聖救世猟兵師団《エシルヴァ》

このほかに、厳密な意味では正規戦力ではないものの、勇名で知られる部隊が存在する。
《オスティア》特殊教導連隊と呼ばれる部隊がそれで、後方撹乱・敵情視察・諜報活動などの特殊作戦を担当する不正規戦部隊だ。
非公式の情報では、聖典庁審問局の審問官が幾人か投入されているともある。