■ 設定資料:エクセター王国
(原案:カラス氏/編纂:OKW)
「――ところで諸君、エステルランドは滅ぼされなければならない」
――クリストファー二世(演説の締めくくり)
「戦争から煌めきと魔術的な美が遂に奪い去られてしまった……」
――王国軍総司令官ミシェール・ド・ネイツ元帥(ツェルコン戦役勃発の報せを受けて)
「一人の馬鹿は一人の馬鹿である。二人の馬鹿も二人の馬鹿に過ぎない。だが、一万以上の馬鹿は歴史的な力だ」
――エクセター王国宰相ロウエル・ド・ダヴー(ケルバー攻防戦を聞き)
◇ 地勢と沿革
エクセター王国の主要民族であるワイト族は、もともとハイデルランド地方に定住していた。だが、ヴァルター族の侵入によって徐々に追いやられ、ハイデルランドの南方へ移動せざるを得なくなった。西方暦六〇〇年代には、大多数のワイト族がハイデルランド南方を生活圏とし、国家を形成し始める。ワイト族の小国が衝突を繰り返した結果、西方暦七〇〇年前後に統一政体としてエクセター王国が建国された(同時期、ヴァルター族は未だに統一国家を形成できずにいた。これが後にワイト族のヴァルター人に対する侮蔑を生み出す要因となった)。
以後一〇〇年間にわたって国家としての着実に成長し、文化や産業などを創出していったが――西方暦八〇〇年代に入ると、北エクセター地方の支配権を巡り、内紛が勃発する。この内紛はそれぞれの勢力が別々の王族を担ぎ出したことにより(ハル王朝とサネット王朝)国を二分する大規模な内戦(王統戦争)へ進展した。さらにこの混乱を好機と見たヴァルター族の小国群の侵略が加わることにより未曾有の大混乱となった。長期の内戦によって疲弊したハル王朝軍、サネット王朝軍はヴァルターの侵略軍に撃破され、王都クラーレンを包囲される事態にまで追い込められる。この存亡の危機を救ったのが篭城戦を指揮していたクラーレン伯ウィリアムの弟、ヘンリが率いる軍団である。この兄弟(このクラーレン軍は王統戦争には中立的な立場であった)の協力によってヴァルター侵略軍は撃退された。なお、このヴァルターの侵略による危機は後々までエクセター人のヴァルター(引いてはエステルランド並びにその支配者であるフォーゲルヴァイデ家)への恨みの源泉となる。
この後、クラーレン軍は小規模な衝突を繰り返すそれぞれの王朝軍を吸収あるいは撃滅していく。この“再統一戦争”は中断期間を挟み四八年の長きにわたって続けられ、ヘンリの孫スティーヴンがブローズ朝を建てたことによって終結した。
再び統一国家となったエクセター王国は内戦以前よりも強固な政治体制を築くべく新たな文化体系を作り上げることに全力を注いだ。この一大文化芸術改革運動はハイデルランド随一といっていい芸術・建築・音楽・兵術・文学体系のほかに副産物を生み出すことになる。
新派真教という、真教の新しい解釈である。
この“旧世界の軛”から脱するための宗教を手に入れたしたエクセター王国は柔軟性に富んだ、ダイナミズムに満ちた国家体制のもと新たな時代に立ち向かうことになる。
なお、彼らはブリスランドと同様にノッティング語圏ではあるが、東方ノッティング系の、本来のワイト言語に近い言葉を持つ。
通貨単位はフェロー。
◇ 政治体制と行政組織
ハイデルランド地方ではバルヴィエステ王国についで旧い歴史を持つエクセター王国は、成熟した文化に裏打ちされた、洗練された(バルヴィエステ――正真教教会とは違う意味で)体制を打ち立てている。
特に新派真教がもたらす精神的活力の強さは国力の源泉とも言える。“旧世界の軛”のないエクセターでは、遠慮することなく“国益の追及”に邁進することが可能だからだ。
“再統一戦争”の英雄の血統であるブローズ朝は西方暦一〇六〇年現在に至るも健在であり、現在の国王は名君で知られるクリストファー二世である。
クリストファー二世を頂点とする絶対王制は今や絶頂期にあり、貴族・臣民ともに高い文化を誇る祖国に誇りを抱いている。このいわゆる“愛国心”の萌芽とでもいうべきものが効率のよい官僚組織の構築に一役買っているともいえる。
*行政組織について
■国政省
内政問題の担当。王室直轄領の管理と貴族の領邦問題の調整を担当。
■外政省
王命のもと外交全般を管理する。
■財政省
徴税と国費の管理。
■法政省
法務関連の事務管理。式典運営もここが担当する。
■真智院
学術研究を担当する。同時に他の省庁への国家計画の進言も担当する。
■軍政省
軍事全般を担当する。指揮下に軍令を担当する軍令部と、情報活動を行う報令部を持つ。戦時には国王の直下に特別本営を設置し、軍の統一指揮を行う(西方暦一〇六〇年時点では未稼働)。
◇ 国防体制と軍備
民族的な主敵としてエステルランド神聖王国(エクセターの人々は前エクセター王国時代の侵略を未だに忘れてはいない。さすがにそれ以前の民族移動を持ち出す者は少なくなったが)、宗教的な対立国家としてバルヴィエステ王国。この二国と国境を接するエクセター王国は、必然的に軍備を増強せざるを得ない。
エクセター王国軍の基本戦略は(実際に行うかどうかは別として)二正面作戦であり、エステルランド並びにバルヴィエステとの同時戦争を前提としている。
長き内戦の時代をくぐり抜けてきたエクセター王国軍は、恐るべきレヴェルに達した(旧時代的な意味における)軍事組織である。元より論理性を重んじるワイト族らしく、巧緻な作戦を立案し実行する能力はハイデルランド地方では最高峰にあると言っていい(ブレダ騎兵軍から派遣された武官は、エクセター王国軍の演習を観閲した際に「彼らの戦争はまさに芸術であった」と述べた)。
しかしこれは硬直した指導体制と表裏一体であり、現実と軍事理論が衝突した時は、理論を優先する傾向にある(さらにいえば勝敗よりも巧緻な作戦を実行することに喜びを感じるという悪しき側面もある)。また、己の軍制に絶対の自信を持つ故か、錬金術兵器の装備に(一部の攻城兵器を除き)積極的ではない。あるいはそれは美しくないと思っているのかもしれない。善し悪しは別として、強固な哲学を持つのが美風なのだと思っている節がある。
とはいえ、二正面作戦を前提とする軍隊だけあってその規模は巨大なものであり、エステルランドとほぼ同等の陸軍戦力を保有している(ただし短期決戦兵力)。また、他の新派真教信仰国に先駆けて国家規模の国軍士官学校が創設されていることは特筆に値するといえる(先駆けは聖救世軍の聖救世兵学院)。
エクセター王国軍は総兵力は常備兵力として四八万、予備兵力として五〇万を保有している。
下記に、その中でも精鋭と呼ばれる部隊を記す。
■王国嚮導隊(ギド・デュ・エクセター)
エクセターの国章である銀十字の紋章を戴く最精鋭。英雄ヘンリが率いた部隊がその系譜。平時はクリストファー二世の警護隊 を兼ねる。総兵力四〇〇〇〇名。
■王城親衛隊(ギャルド・デュ・ディレクトワール)
王都クラーレンを防衛する親衛部隊。エクセターは過去に王都をヴァルター軍に包囲された歴史から、王都の防衛を重視している。総兵力五二〇〇〇名。
■国政省衛兵隊(ギャルド・デュ・コール・レジスラティーフ)
行政組織の要である国政省の警護を担当する。平時は王都周辺の警察任務も担当する。総兵力二五〇〇〇名。
*上記の三部隊は戦時には国王親衛隊(ギャルド・アンペリアル)として統合される。
◇ 宗教関連
言うまでもなく、エクセターは新派真教の総本山である。彼ら自身はこの真教を『聖真教』と自称しており、その組織は『聖真教王立教会』と言う。当然この組織は王権の下位にあり、王国の保護を受けつつ、布教にのみ勤しんでいる(伝道組織は保有しているが、正真教教会のようにあれこれと怪しげな部署は持っていない)。
この「新しいのではなく、本来の信仰に戻っただけ」とエクセター人が自賛する教義は、教会の絶対性を捨て去った点が実に革新的であった。
真実は『真書』の中にだけ。祭司は人々を“導く”のではなく“教える”だけである――祭司すら、『真書』の前には人々と平等であるという解釈は、旧派真教にとって悪魔の囁きと同等であった。
この教えは旧派真教の、つまりは正真教教会の憎悪を受ける結果となった。そのため、正真教教会はエクセター王国を一方的に敵視している(エクセター王国――聖真教王立教会はブレダのそれとは異なり、別に敵視はしていない。やむを得なく対立はしているが)。
新派真教の中では最も拡充した宗教組織であるがゆえ、彼らは他の新派真教信仰国に祭司を大量に派遣している。その意味において、エクセター王国派ブレダ・ブリスランドの精神的指導国であるとも言えよう。