■ 設定資料:四公国

「エステルランド神聖王国が存在しているのではない。四つの公国と王室領という勢力の危うい均衡をそう呼んでいるだけなのだ」
――天慧院長老会座長・フェルゲン学芸院院長サルモン・フィースト

▽ ミンネゼンガー公国――旧き勇武と新たな術と]

「偉大なるザールに嘉されし大地 我らが故郷 貴きその名 ミンネゼンガーよ 我らは進む 故郷の永遠の弥栄のために 死を撥ね除けてでも!!」
――公国軍進軍歌の一節

「……ミンネゼンガー公国軍の特質はまずもって兵士の勇武にあり。彼らの士気は極めて高く、訓練も行き届いている。勇敢なる指揮官の指揮がある場合、劣勢を無視してでも攻勢を仕掛け、また防戦においても挫けることなく敢闘する。エステルランド神聖王国が保有する軍隊の中で最も優れた強兵なり……」
――ブレダ王国王立諜報本部諜報局報告書の抜粋(西方暦一〇五七年)

「プラウエンワルトから産出される鉄鉱を可能な限り利用すべし。《金の鷲》協会との連携を密にし、錬金術の振興に術を尽くすこと。それこそが現在の劣勢を覆す唯
一の方策である」
――西方暦一〇五八年初頭にミンネゼンガー公爵より達せられた内務訓令

▽ 公国の地勢

エステルランド神聖王国を構成する四公国の一つ、ミンネゼンガー。
ハイデルランド地方の東北部一帯、シュパイエル平野北部を統治しているのが彼の公国である。
地勢的に見て、けして恵まれた場所ではない。北方はプラウエンワルト・アルプスに面し、北西〜西方には敵国であるブレダ王国があり、東方には不毛な砂漠地帯が広がっているからである。もともとハイデルランド東方は肥沃な大地とは到底言い難く、自給も困難な土地柄だ。
だが、近年は地形要害に過ぎなかったはずのプラウエンワルトこそが、ミンネゼンガー公国の生命線になりつつある。西方暦一〇四〇年代に発見された鉱脈から良質の鉄鉱を大量に産出できる設備が整ったためだ。現在は、この鉄の輸出・加工を公国の主要産業と位置づけ、「王国の武器庫」としての繁栄を目指している。

▽ 体制

現在の公国統治者はループレヒト・フォーゲルヴァイデ・フォン・ミンネゼンガー公爵。
選帝侯にしてフォーゲルヴァイデ家出身者という名門の誉れである。
このミンネゼンガー公ループレヒトを頂点として、公国内には小領主を含めておよそ一三〇名ほどの貴族が領邦を有している。
元来、プラウエンワルトより下りてくる魔獣討伐のために派遣された王国騎士を先祖に持つためか、ミンネゼンガー公国の貴族たちは勇武を尊び、神聖王国でも戦闘的な考え方の者が多い。彼らは自らを“ヴァルターの誇り”と称する。

▽ 産業

前述したように鉄鉱輸出・加工を公国の根幹と定めていることから、錬金術師匠合の《金の鷲》協会との関係も良好である。充分に有能と言っていいループレヒトはより大規模な工業化を目論んでおり、錬金術製品に対する税率を下げ、より積極的な輸出を奨励しているため、領民の生活基盤も近年は上昇しつつある。
ただし、公国領に隣接する自由都市ロイフェンブルグがここ数年、先進的な錬金技術を育成しているため、経済摩擦が生じつつある。

▽ 軍制

ミンネゼンガーは強兵の地として知られる。これは
1:不毛の地であるがゆえに領内で暮らす民が「集団性の維持」への理解が高く、
2:魔獣との戦いが日常に存在するため「危機に対する耐性」を保持している
からだと言われている。言うまでもなく、集団行動への慣れと危機耐性は兵士に最も必要なものだ。つまりミンネゼンガーの民にとって、日常生活とは戦争そのものだったのである。
近年はこれに
3:兵器関連産業への依存度が高くなったため、軍隊という存在自体に理解と共感を示していることが加えられるだろう。現当主ループレヒトが勇武を尊ぶこともあるかもしれない。

ミンネゼンガー公国は、平時においては一〇万の軍勢を指揮下に納めることを許されている(とはいえ最大で、どいう意味なので、常に一〇万規模というわけではない)。
しかし五六年に勃発したツェルコン戦役、それに続くブレダ騎兵軍のミンネゼンガー侵攻という事態が公国軍の全面・長期動員を引き起こしている。特に一〇五七〜五八年の東方危機――ザール紛争の影響が大きい。この東方危機での防戦〜反攻のために公国常備軍は消耗され、その穴埋めのために緊急動員(及び神聖騎士団・近衛軍からの増援)がかけられた結果、公国軍史上最大の兵力――十五万人体制が現在まで維持されている。
西方暦一〇六〇年における公国軍の配備状況はザール戦線に七万余(公国軍二個騎士団、傭兵軍五万)、戦線予備兵力として三万。予備兵力の増援として神聖王国近衛軍を中核とした派遣軍団が五万配備されている。
*残り五万は公国各地に防衛・警戒兵力として配分されていた。

◇ ケルファーレン公国――希望か、忠誠か

「国家独立に向ける一切の抱負経綸を披瀝して、この場を通して民の理解を求められんことを要求致します」
――“火の演説”フェオドラ・テック・ゴーダー

「ケルファーレンは海とともに生きるべきだ。もちろんそこでの日常は凪だけではない。嵐もあろう。しかしそこには、閉塞した地上にはないものがある。わかるかね? 希望だ。今、このエステルランドにはないものだ」
――“海洋貴族”ゴッドリーブ・フォン・ファルケンハイン

「なぜ公爵閣下は御決断なされないのだ! 祖国の危機なのだぞ!? ああ、今、私に四〇隻の軍船と三〇〇〇〇の兵をお貸しいただければ、三か月以内にド
ラッフェンブルグを陥落してみせるのに!!」
――“大津波提督”ヴィルヘルム・グリール・フォン・クールネスドルフ

▽ 地勢

ハイデルランド地方西部、西海に面し、大河キルヘンとフィーデル川に挟まれた一帯がケルファーレン公国領である。西海からもたらされる暖かな風によって温暖な気候に恵まれ、自給に足る豊かな大地をその領内に持つ。
この公国の最大の特徴は、西海に面した海岸線に天然の良港を幾つか備えていることであろう。公都カルデンブルグを始めとして、漁業基地、あるいは交易拠点としての港は片手の指では足りぬほどである。もちろん公国がこれを利用せぬわけがなく、その国是は海洋貿易にある。
ブリスランド、バルヴィエステといった国家との交易は莫大な収益を公国にもたらしており、この国の経済力はエステルランドでも群を抜いている。
ただし北をブレダ、東をエステルランド、南をバルヴィエステ(の影響力が大きいアイセル司教領)に囲まれているため、政治的に難しい立場におかれていることは否めない。

▽ 体制

公国統治者なのは“仮面公”ガイリング・ハウゼン・フォン・ケルファーレン公爵なのだが、近年は隠遁に近い生活――主城ヴァッサーシュタインに篭り、公的な場には一切でない――を送っているため、実質的な行政は公国宮廷における首席執政官(行政補佐官)が執り行っている。
地理的、経済的に豊かなこの公国における最大の問題が体制における二大勢力の反目であろう。
神聖王国からの独立を目的とする“独立派”と、あくまで神聖王国への忠誠を全うすべきという(というよりは、公国の経済力を背景に神聖王国への影響力増大――間接的支配を狙う)“保守派”は、主導権を得るべく常に抗争を続けており、これは円滑な内政・外交の遂行の障壁となっている。ツェルコン戦役以降、この公国が実質的な行動を起こせないでいるのはこの権力闘争のせいだと言われている。
この二大派閥の勢力図は海洋交易商人を地盤とする独立派の方が優勢なのだが、政治上の名分を掲げ持つ保守派に対抗策を打ち出せないという現状だ。

▽ 産業

海洋交易こそがこの公国の基幹産業にして生命線である。
公国が保有する商船は大小併せて八〇〇隻以上に及び、これはエステルランドの商船隊の八割を占める。
ただし、近年はブリスランドとの貿易摩擦が激しくなり、関係が悪化しつつあるようだ。

▽ 軍制

ケルファーレンの経済力に比べ、保有する陸戦兵力は驚くほど小さい。平時における軍の規模は三万を越えることがなかったほどだ。
これはブレダ王国成立後も変わることはない。敵国が大河の向こうにあったため、陸上侵攻がほとんどないことがその理由の一つだが、最大の理由は水軍兵力に予算が割かれ続けたためである。
当初海賊対策として創設された公国水軍は一〇六〇年現在、六〇隻の軍船を保有するに至っている。これはブリスランドとの関係悪化を受け、予算がさらに増加したためだ。
五九年には秘密裏に水軍陸戦隊も編成され始め、さらに対ブリスランド兵力が強化されつつある。

▽ アイセル司教領――救世母と教皇の代理人

「厄介なところよ。彼らの忠誠はまず救世母に向けられる。その次にバルヴィエステに御座す教皇。そして最後に国王陛下。まったく、選帝侯が聞いて呆れるわ」
――神聖王国王妃マルガレーテ・フォーゲルヴァイデ

「彼の地に対する力の行使は、即ち正真教に対する挑戦と同義である」
――正真教教会教皇アーシュラ・ドニ七世

「我らは救世母の声に従うのみであります、陛下」
――アイセル大司教コルネリア・フランシスコ・オルラ

▽ 地勢

ハイデルランド地方南西部を支配するこの司教領は、その名の通り聖職選帝侯であるコルネリア枢機卿が直轄する。
コルネリアはアイセル大司教であると同時に正真教エステルランド修道会の統括者でもあり、その領内には修道会の総本山、正真教アイセル支教会がある。
また司教領の南部はバルヴィエステ王国の国境と接しており、旧派真教総本山への玄関口でもあるのだ。
神聖王国内における聖域、そう形容してもいいだろう。適度に肥沃な大地と西海の恵みによる温和な気候は豊かな土地を作り上げ、教皇領へ向かう巡礼者たちに風光明媚な光景を提供している。観光地としての側面も強い。
ただし、司教領北部に広がるバルノウ砂丘は年々拡大の傾向を見せており、問題となっている。

▽ 体制

俗界の論理では動いていない。
この司教領は名目上エステルランド神聖王国の一部でありながら、バルヴィエステと同様に教会法こそが上位にある。旧派真教を国教とする神聖王国においては、神徒が国王に勝るとも劣らぬ権威と影響力を持つため王室も強く口を挟むことはできないでいる。
司教領における領主たちは、その全員が神徒あるいは信徒としての立場を保持しており、国王に対する忠誠と救世母に対する信仰が相半ばしているといってもいい。
その意味においては、王国の中で別の王国を築いている、そう言うべきなのかもしれない。

▽ 産業

ハイデルランド地方で流通するクラウン模造金貨・フローリン銀貨・ペニー銅貨の鋳造を一手に引き受けている。この金融産業こそがアイセル司教領の産業といえる。他国の通貨との両替相場も実質的にここで決められており、そのため神聖王国の両替商の本拠も大抵この司教領に置かれている。

▽ 軍制

司教領の軍は聖領軍と呼称される。独自にバルヴィエステから聖救世軍による軍事顧問団を導入し(内政介入ともとれるが、王室は強く出ることができないでいる)、他の公国に比べ先進的な軍隊を構築するに至った。正真教教会はこの地を要地――神聖王国内に構築した橋頭堡と見做しており、他国に向け「力を行使した場合、我が国に対する武力行使と認める」と喧伝している。
そのため、聖救世軍の介入を恐れる列国は、この地への攻撃を行わないという暗黙の了承があるようだ。ある意味においてアイセル司教領はエステルランド神聖王国内での緩衝地帯と化しているのである。
一〇六〇年において、司教領常備軍としておよそ六万の兵が配備に就いていることが確認されている。

◇ テロメア公国――沈黙する大国

「仮面を被った公爵がいなくなったと思ったら……今度は微笑む若き英雄さまか。まあ、心のうちを誰にも見せない点では変わりはないが」
――ブリスランド王国大使ジェフリィ・ベッカード

「ヴィンスは――テロメアはたった一国でエクセターと戦争をするために備えていたというのに、ブレダ相手にはまったく動こうとしない。参戦すればツェルコン戦役は終わるというのに」
――王室筆頭傅育官プラトー・フォン・ドーベン

「戦争? 申し訳ない、使者殿。今のところ我が公国は、戦乱からの復興だけで手一杯でしてね」
――カルルマン・フォン・テロメア公爵

▽ 地勢

東に陰りの森、南にエクセター王国。テロメア公国の周囲は危険だらけ、と表現できるかもしれない。
南部特有の豊かな大地を持つテロメア公国は“エステルランドの食糧庫”とも呼ばれ、余剰生産分は主にミンネゼンガーや東方辺境領に輸出されている。最も広大な領地と豊かな土壌から生み出される作物の生産量は莫大なものであり、この一国だけで王国全土を養うことすら難しいことではない、とまで言われている。
南部の国境線は全面的にエクセター王国と隣接されており、この国境線は常にエステルランド神聖王国において最も熱い焦点の一つである。

▽ 体制

西方暦一〇五七年に勃発したクリューガー公爵の失踪を契機とする南部諸侯の叛乱、いわゆる“ヴィンスの狂乱”は、ハウトリンゲン侵攻戦に対処すべく動員された正規軍兵力と少なからぬ王室領軍を用いて鎮圧された。この結果、五八年初頭に叛乱鎮定の武功により公爵位を授与されカルルマン・テロメア侯爵が旧ヴィンス公国を統治することになった。ただしクリューガーが所有していた選帝侯の指輪が今もなお所在不明であるため、彼に許されているのは公国の統治だけであり、選帝侯としての権限は与えられていない(ただし指輪の捜索はカルルマンの手によって現在も進められている)。
叛乱に加担した諸侯の刷新を受け、カルルマンは行政と軍事の改革を推し進めている。

▽ 産業

前述したように、領地内の作物生産力を利用した食料品の輸出がテロメア公国の主要産業である。余剰生産分は東方一帯へ輸出され、あるいはケルファーレン・アイセル経由で他国へも売られている。

▽ 軍制

ヴィンス公国時代から、エクセター王国に対する“南の抑え”として重視されていたため、軍事力は公国の中でも最大のものとなっている(編制上、最も大規模な二五万もの軍勢を保有することを許されている)。
“ヴィンスの狂乱”によって消耗、疲弊したものの、カルルマンの手による軍事改革を受けた新生公国軍は、ヴィンス時代に劣らぬ精強さを取り戻しつつあると言えるだろう。
豊富な食糧生産と、それを背景とした人口増加、優先されている王室からの資金援助、それに加えカルルマンによる改革――その結果生まれてくるのは、たった一国でブレダと対抗できる最強軍だろう……そう噂されている。
*特別に選抜された一隊が、定期的に陰りの森に派遣されているという未確認情報がある。